2019年02月13日 12:59 公開

ジョン・ソープルBBC北米編集長

BBCカメラマンのロン・スキーンズが襲われたと聞いて驚いた――と、そう言いたいのはやまやまだ。ショックを受けたとさえ、言ってみたい。しかし実のところ、驚いてもいないしショックを受けてもいない。

ロンが無事で、取材チームも無事だとまず確認してから、これは特に意外でも何でもない出来事だと私は思った。何がショックだったかというと、自分のそういう反応だ。というのも、自分の仕事を真面目にしているだけの人が、あんな風に押し倒されるなど、あってはならないはずなのに。憲法修正第1条と報道の自由を大事にしているはずの国で。しかし、今回のようなことが起きるのはもうずっと、時間の問題だったのだ。

その話をする前にまず、ロン・スキーンズについて少し言いたい。うちの取材チームで、ホワイトハウス敷地内に速やかに入れる「ハードパス」を持っているカメラマンは、ロンだけだ。私もハードパスを持っている。なので、私がホワイトハウスの外で生中継している時はたいてい、ロンと組んでいる。

ロンほど優しくて礼儀正しくてまっとうで、そして国を愛している人はそうそういない。正直言って私は過去に何人か、反論が多く挑発的で全体的にけんか腰なカメラマンと仕事をしてきた。ロンには、一切当てはまらない。

ロンと私は、一緒に「ローリングサンダー」を取材したことがある。ヴェトナム戦争で行方不明になったり捕虜になったりした米兵を記念するため、何万人ものバイカーがワシントンに集まった日のことだ。

私は自分のバイクにまたがり、彼は別のバイクの後部座席からイベントを撮影していた。その場にあふれる愛国心と気持ちの強さに、2人ともいささか圧倒されていた。ロンはオハイオ州で生まれたことを誇りにしていて、ほとんどのアメリカ人と同じように、2016年大統領選ではトランプ氏をめぐり家族が割れた。トランプ氏を支持した親類もいれば、支持しなかった親類もいた。

誰かがロンに暴力を振るうなど、正直言ってとんでもない話だ。彼を標的にするなど、まったくおかしい。しかしもちろん、暴力の矛先はロンその人ではないのだ。

トランプ氏の支持者集会で赤い「アメリカをまた偉大に」帽子をかぶっていた、あの酔った大馬鹿者は、三脚に乗せた重さ5キロのカメラのファインダーをのぞきこんでいたロンを、後ろから襲った。自分を見えない相手を、実に勇敢に後ろから襲った。ロンがどういう人間かなど、どうでも良かったのだ。

あの馬鹿者にとってロンはロンではなく、ロンはメディアだった。そして、メディアは攻撃してもいいんだよね? そうでしょう?

私は大統領選に向けて、そして大統領選以降、数え切れないほどトランプ氏の支持者集会を取材してきた。そこには決まったパターンがある。マスコミ批判は支持者に大いに受ける。トランプ氏にとって集会でのマスコミ攻撃は、お約束の「セット」なのだ。ローリング・ストーンズのライブに行けば「ホンキートンクウーマン」や「サティスファクション」が決まってかかるように。それがないイベントなどあり得ない。想像もつかない。

トランプ集会に行ったことがない人に、どういう感じなのか説明してみる。

大統領選が終盤ともなると会場によっては、取材エリア(会場後方にカメラが並ぶ台)への入り口には警官が配置されていた。警察がいなかったとしても、取材エリアへの入場は規制されていた。

しかし昨晩の会場には、取材エリアに警備はなく、ロンを襲った男を制止してくれたのはトランプ支持者のブロガーだった。警察はなかなか関わろうとしなかった。

集会で大統領は決まって演説中に、我々が撮影している場所を指差す。さあ、お楽しみの始まりだ。「あんなひどいうそつき集団を見たことがあるか? あいつらはフェイクニュースだ、あいつらは国民の敵だ」。

そして、誰もがおなじみの出し物のように、集まった観衆はマスコミに向かって野次を飛ばし、ブーイングをする。正直な話、ほとんどの人はこれを気楽に楽しんでいる。お約束の儀式なのだから。サッカーの試合を見に行って審判をこき下ろすのと同じようなことだ。

しかしそれとは別の一部の人にとって、これは単なるお約束ではない。それ以上のものだと受け止める人は、しかも増えつつある。時がたつにつれて、集会でのメディア攻撃はますます激しさを増している。これが不都合な真実だ。集会での暴力的な空気は、ますます生々しいものになっている。

一緒に働く全員が、トランプ集会で乱暴に押されたり体当たりされたことがある。つばを吐きかけられた同僚もいる。ロンは昨夜、自分が襲われる前に、「CNNはクソだ」、「メディアは(放送禁止用語)」などの言葉を耳にしていた。

トランプ大統領は演説を中断して、ロンが大丈夫か確認した。しかしその場での非難はなかった。そのような真似は受け入れがたいという発言はなかった。トランプ陣営はこの出来事について2行だけコメントを発表したが、やはり非難の言葉はなかった。そこから私たちはどういう結論を引き出せばいいのか? マスコミを敵視する人たちに、陣営はどういうメッセージを送っているのか?

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今回の件で私が驚いたのは(といっても、ものすごく驚いたわけではないが)、ツイッターでの一部の反応だ。

お前たちはフェイクニュースなんだから、ロンは当然の目にあっただけだ――という主張があった。報道の自由はその程度のものか。自分がフェイクニュースだと非難されるたびに、私は自分の発言のどの部分の事実関係が間違っているのか指摘してくださいと尋ねることにしている。

私たちは間違うことがある。それは分かっている。なので、間違えたらそれを素直に認めるだけの謙虚さが常に必要だ。しかし、権力を問いただすのが我々の仕事だ。相手が首相だろうが大統領だろうが、国王だろうが女王だろうが、暴君だろうが独裁者だろうが。あなたが報道内容を気に入らないからといって、フェイクだということにはならない。

ほかには、実際にあったことを私たちが誇張したり、自分たちに都合よくかいつまんで騒いでいるだけだという意見もあった。しかし、大統領が話をする様子を撮影していただけの、それ以上の挑発的なことは何もしていない人間に暴力を振るうなど、ただひたすら間違っていないか? 正規の記者登録をした記者が、トランプ氏の集会で、視聴者に伝えるために、その演説を撮影していただけなのだが。何をごまかす必要がある? ひたすら間違っている。単純な話だ。それ以外のなにものでもない。

さらには、ロンを襲ったのは民主党の手先だという人たちもいた。トランプ支持者だと証明できるのかと。昨年秋の連続パイプ爆弾事件でも、同じ展開だった。主立った民主党関係者や支持者に手製爆弾を送りつけていた人物は、共和党のイメージダウンを狙う民主党の手先だろうと、当時も言われた。

この陰謀論にだまされた人は大勢いた。もう少し判断力があってしかるべき人たちも。結果的には、まったくのデタラメだったのに。逮捕・訴追された男は、熱狂的なトランプ支持者だった。

発言には影響力がある。大統領が2週間前に米紙ニューヨーク・タイムズの発行者と記者2人を招いた際、なかなか興味深いやりとりがあった。記者たちはその時のニュースについて通常のインタビューを、トランプ大統領相手に行った。その取材の翌日、同紙発行人のA・G・サルツバーガー氏は、トランプ氏が展開した激烈なマスコミ攻撃を取り上げた

サルツバーガー氏は大統領に向かって、あなたの物言いは国民を分断する、危険だと警告したという。そして、大統領がこれまでのようなマスコミ攻撃を止めなければ、世界中でジャーナリストに対する暴力が増大するはずだと。

テキサス州エルパソで昨晩起きたことは、まさにジャーナリストへの暴力だった。ロンは無事だった。命に別状はなかった。しかし、激しく乱暴だった。では次はどうだろう? そしてその次は?

報道の世界にいる私たちは、世間に歓待されほめそやされることなど期待してこの道に入ったわけではない。足元に花びらを投げてくれるとか、凱旋(がいせん)の英雄として肩に担いでくれるなど、そんなことは誰も望んでいない。

しかし、健全な民主主義社会ならば、大統領演説の報道は平穏であってしかるべきだ。背後に迫る危険を気にすることなく。

(英語記事 Why the attack on our cameraman was no surprise