2019年02月15日 12:13 公開

パート・ウィングフィールド=ヘイズ、BBCニュース東京特派員

日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告(64)は3カ月にわたって拘置所生活を送っている。そしてそれは今後も数カ月は続くだろう。

ゴーン前会長の弁護人を務めていた元東京地検特捜部長の大鶴基成弁護士は、ゴーン前会長が「人質司法」の被害者になっていると訴えてきた。なお、大鶴弁護士は13日に突如、ゴーン前会長の弁護士を辞任している。

日本国外に住む人にとって、「人質司法」という言葉はこれまで聞き慣れないものだ。いったいどういう意味なのか。

日本で暮らしていると、犯罪をあまり心配しなくなっていく。そもそも、あまりに少ないので。日本の犯罪発生率は驚くほど低い。社会文化が単一的で、所得格差が小さく、終身雇用もある。そういう要素が、関係していると良く言われる。しかし、逮捕されること自体を大勢が恐れているからだと言うのも、あながち間違いではない。

私が最初にこう思うようになったのは2014年、アーティストの「ろくでなし子」こと、いがらしめぐみさんが「わいせつ物」を送信したとして逮捕された時だった。いがらしさんは自分の性器のデジタルスキャンを作り、その型を元にキーホルダーや大きな黄色いカヤックなどを作った。

多くの人はこれを最高に愉快だと歓迎し、いがらしさんは「女性器アーティスト」というあだ名を付けられた。しかし、東京地検は感心しなかった。そして、いがらしさんを3週間も勾留したのだ。

私は友人に、「検察は一体どうして、こんな馬鹿馬鹿しいことで彼女を3週間も勾留したのか?」と尋ねた。

友人からは、「勾留できるから」という答えが返ってきた。

イギリスでは、訴追前に勾留できるのはテロ容疑者だけで、期間も14日間だ。批判も多い。

一方の日本では、万引き犯でも場合によっては最大23日の勾留が認められる。

自白への圧力

検察に23年所属していた郷原信郎弁護士は、「日本の刑事司法では取り調べで得られる供述で立証する。(中略)自白を得ることを目的にしている」と説明する。

郷原弁護士は現在、日本の司法改革のために活動している。

「罪を認める被疑者・被告人は早く身柄の拘束を解くけれども、(罪を)認めない人間は認めるまで、自白するまで検察官が強く保釈に反対し続ける」

石川知裕さんは、まさにこの通りのことを経験した。

当時、衆議院議員だった石川さんは2010年、政治資金規正法違反の容疑で逮捕された。それから3週間もの間、石川さんは暖房のない小さな独房に勾留され、弁護士の同席しない状態で毎日12時間の取り調べを受けた。石川さんは最終的に、より軽い罪を認めた。

10年近くたった今も、石川さんはこの経験を苦々しく思っている。

「日本の検察はとても頑固だ」と石川さんは語る。

「検察官が書いた筋書きがあり、それに添った形で逮捕する。自分たちが思ったとおりの自白をさせようとする。調書にも実際に(私が)言ったことを書いてくれるわけではない。検察官が元々書いたものを調書とすると言って、署名と捺印を求められる。私が何度『これは私が言った内容ではない』と言っても認めてくれない」

「時折、怒鳴ることもある。特捜部の副部長が泣き出して、なぜ嘘をつくのかと泣き落としにかかられたこともあった」

日本における刑事事件の有罪判決の89%が自白を一部、あるいは全体的な根拠としている。それだけに、取り調べにおけるこうした自白圧力はことさらに厄介だ。

明らかに「危うい」自白のせいで、無実の人が何年も投獄されたり、有罪判決に深刻な疑念が生じた事例が、日本には数多くある。

元プロボクサーの袴田巌さんは、1968年に殺人罪で死刑判決を受けた。袴田さんの有罪判決は長時間の取り調べの末に罪を自供したことが、根拠となった。

46年後の2014年、袴田さんの死刑執行は停止され、釈放された。袴田さんの自白を支持する証拠がなく、死刑判決には問題があると判断されたためだ。

現在82歳の袴田さんはなお、無罪確定を目指して再審を求めている。

検察の権力

郷原弁護士は、こうした日本の司法の問題は検察が絶大な権力を持っていることが原因だと指摘する。

「日本の刑事司法では検察官が起訴する権限を独占している。その裁量で不起訴にすることもできる。(検察は)刑事司法に関して絶大な権力を持っており、裁判所も検察官の判断に追従する」

検察トップがどれほどの権力を持つか、同志社大学のコリン・ジョーンズ法学教授が昨年12月のジャパン・タイムズへの寄稿で説明している。

「法務省では表向き、法務次官が行政側のトップとされる。しかし実際には職位も報酬も、検事総長や複数の検察幹部より格下だ。また、大半の官僚トップと異なり、検事長以上の任命には天皇の認証が必要だ」

ゴーン前会長が直面しているのはこのような、自白しなければ長期間勾留され、より深刻な嫌疑をかけられるシステムだ。検察官が起訴すれば99%の確率で有罪になるという。

郷原弁護士は、「建前としては推定無罪を否定していない。(中略)しかし仮に無実であっても、早く認めた方が得だということになる。これが日本の人質司法の大きな弊害です」と指摘した。

計23日間の勾留期間が終わっても、容疑者の苦労は終わらない。検察は裁判所に認められれば、少しだけ異なる内容の別件で同じ容疑者を再逮捕できる。その場合、時計は振り出しに戻り、さらに20日間の取り調べが可能となる。

ゴーン前会長は最初に逮捕された後、2度にわたり再逮捕された。結果として前会長は正式に起訴される前に、すでに53日間勾留されて事情聴取を受けた。

ゴーン前会長は保釈もされず

多くの国では正式な起訴をもって、被告は保釈される。しかしここでもやはり日本は例外だった。ゴーン前会長も、その例に漏れなかった。

東京地方裁判所は1月、ゴーン前会長の保釈請求を却下した。AFP通信の取材に応じた前会長は、保釈請求の却下は「他の民主主義国なら普通のことではない」と述べ、東京地裁が「有罪判決の前に私を罰している」と非難した。

ゴーン前会長は現在、家族との面会が認められている――1日15分、ガラス窓越しに。

ゴーン前会長の日本での扱われ方を、カナダで起きた別の企業トップの逮捕劇と比べてみよう。昨年12月1日、中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)創業者の娘で同社最高財務責任者(CFO)兼副会長の孟晩舟氏がヴァンクーヴァー空港で逮捕された。逮捕はアメリカの警察当局の要請で、イラン制裁違反と関連した詐欺の容疑に問われている。

孟容疑者は逮捕から10日後の12月11日、1000万カナダドル(約8億5000万円)の保釈金を支払い保釈された。孟氏は足に電子タグを着用し、ヴァンクーヴァーにある自宅で過ごしている。

日本の検察は、日本には容疑者を自宅に軟禁したり、電子タグの着用を義務付ける法規定がないと主張する。しかし勾留経験のある石川さんは、裁判所がゴーン前会長の保釈請求を却下したのは、海外逃亡を怖れてのことではないとみている。

「ゴーン前会長ほどの人が隠れられるとは思えない。逃げたら名声が落ちることは分かっているはず。(勾留を続ける)一番の理由は嫌がらせであり、自白を強要しているのだと思う」

日本の司法制度を擁護する人は、有罪判決率99.9%は自供によって成り立っているという指摘を否定する。有罪率が極めて高いのは、アメリカに比べて日本ではそもそもの起訴件数が圧倒的に少ないからだと。

言い換えれば、検察は必ず勝訴できると確信した場合だけ、起訴しているのだということになる。法務省の犯罪白書によると、2015年の全事件の起訴率は33.4%だった。

正義の番人

しかし、ゴーン前会長の事件は、日本の司法に対する疑問を浮き彫りにした。何人かの弁護士が、ゴーン前会長の容疑は弱いと話している。

スティーヴン・ギヴンズ弁護士は、日本経済新聞の英文媒体「ニッケイ・エイジアン・レビュー」への寄稿で、ゴーン前会長への嫌疑は「薄いスープのようだ」と指摘した。

「あらゆる客観的な見地から見るに、日本でたびたび見過ごされている企業の違法行為に比べれば、(ゴーン前会長の)不正容疑はさほど深刻なものではない」

「我々が知っているゴーン前会長の容疑の中に、懲役刑に値するような深刻な犯罪の気配は全くない」

ではなぜ、東京地検特捜部はこの事件をこれほど執拗(しつよう)に追及しているのだろうか。

石川さんは、日本の検察トップから見たゴーン前会長の本当の罪は「強欲」だという。ゴーン前会長は日本企業の最高経営責任者(CEO)として初めて数十億円の報酬を受け取った人物で、それが日本の企業文化を一変させたからだ。

「東京地検特捜部には、自分たちは正義の番人だというモチベーションがある。貧富の差が激しくなっていく中で、金持ちを叩いて、時代を象徴する事件を扱いたかったのだと思う」

拘置所の独房で戦略を練っているゴーン前会長は、日本の司法システムにはもう一つ隠し玉があることを承知しているはずだ。英米では、一事不再理の原則に従い無罪判決に対する検察官の上訴が禁止されるが、日本では認められているのだ。

もしゴーン前会長が逆境を跳ね返し、現在の罪状で無罪を勝ち取ったとしても、検察当局は高等裁判所に上訴し、逆転判決を求めることができる。

この問題もあり、日本では多くの容疑者が自供してしまうしてしまうのだというのが、日本の司法制度を批判する人たちの主張だ。

(英語記事 Carlos Ghosn and Japan's 'hostage justice' system