また、平成29年に「性犯罪」に関する刑法の規定が改正されるまでは、性的暴行などは「親告罪」とされており、被害者の処罰意思(告訴)がなければ検察官であっても起訴することができませんでした。したがって、被害者が「カネを受け取っている」などを理由に「処罰を求めていない」ならば、制度的に起訴できなかったのです。

 このため、たとえ「性犯罪」が平成29年の改正によって「親告罪」ではなくなった(被害者の処罰意思、つまり告訴がなくても起訴できる)今でも、「被害者の処罰意思」については、起訴するかどうかを判断する際に最優先で考えることにしているわけです。

 この点は、覚醒剤の使用などの薬物犯罪というものが、「被害者が存在しない犯罪」であるにもかかわらず、「薬物を違法とする国の制度を揺るがす犯罪」であるから、犯人に同情するような点があっても起訴される(処罰される)ことと違いますね。

 このように、「法学」という世界においては…などと偉そうに書いてきても、「すわ、性犯罪は女性蔑視の際たるものである!」「『襲われる女性にも隙があった』などとトンデモないことを言う識者は全滅しろ!」などという声が大きいことは確かです。

 しかし、再び批判を覚悟で言うならば、殴る蹴るといったよっぽどヒドい暴力を用いた「性犯罪」ではない限り、「同意なく、無理やり」であったかどうかは「紙一重」の場合があります。

 もちろん、見ず知らずの犯人、行きずりの犯罪、ケガもした、というものであればぐうの音も出ません。しかし、犯人と顔見知りであり、普段から仲も良く、直前に一緒に食事もしていた、といった事実関係があった場合において、果たして「同意なく、無理やり」という環境がどこまできっちりと揃っていたかについては、慎重に判断せざるを得ない事件もあるわけです。

 なぜなら、「性犯罪」が成立するためには、「相手方の反抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫」という、ある程度強い「暴行・脅迫」が必要であり、「嫌がっていた」だけでは「性犯罪」とはなり得ないからです。

 この手の話になると、「暴行・脅迫」の程度が問題なんじゃない、セクハラのように「相手が嫌がっていたかどうかが重要なんだ」と主張する方もいらっしゃいます。

 しかし、「刑罰」というものが、社会のルールを逸脱した行為・者に対する最終手段として位置付けられている以上、「性犯罪」が成立するための「暴行・強迫」の存否は慎重に判断すべきなのです。
東京地方裁判所=東京・千代田区霞が関(撮影・吉澤良太)
東京地方裁判所=東京・千代田区霞が関(撮影・吉澤良太)
 それでも、なお「性犯罪」に対する厳罰化の声が大きいことは確かですし、私も「『罰するため』に犯罪を成立しやすくする」のではなく、上記のように犯罪の成否を絞って慎重に起訴・不起訴を判断した上でのことであれば、もちろん賛成です。

 ただし、その際に忘れていけないのが「制度」としての「執行猶予」との関係です。

 実は、平成29年の改正により「強制性交罪(昔の強姦(ごうかん)罪)」の法定刑が5年以上20年以下の懲役刑となったので、制度上「情状酌量」といった減刑の理由がない限り、「執行猶予」がつけられないのです。

 つまり、日本では「初犯は、覚醒剤事件なども含めて、だいたい執行猶予がつく」という「相場」があるのですが、「強制性交罪」の場合、一発で刑務所行きとなるわけです。

 とすると、やはり最初に戻り、「示談」が成立し「被害者の処罰意思」がないようなケースにおいては、何が何でも厳罰化という流れではなくても良いのではないかと思うわけです。