そして再反論①において呉座氏は、『日本国紀』内容批判の際に、匿名ネットユーザーの記事を引用している。その匿名記事が参考になったという判断もさることながら、再反論①の締めくくりの以下の行との関連があろう。

久野氏は歴史研究者として己の力不足を反省すべきであって、批判者に対して匿名だの罵詈雑言だのと難癖をつけるのは筋違いであろう。

 確かに、私はフェイスブック記事において「『日本国紀』へのインターネット上の一部匿名者による批判(とさえ言えぬような罵詈雑言)」という表現を使った。それは私個人に対してのみならず、私の勤務する大学や、果ては私が『日本国紀』を奉納した神社の宮司に対しての引用も憚(はばか)られるような揶揄(こうした所作も匿名ユーザーならでは)を指しているわけだが、それが「難癖」「筋違い」だと言うつもりであろうか。

 結論として、呉座氏は何かの必要があってか筆者を過剰に批判しようとする余り、1月拙稿の中でも明らかに氏が名宛人ではない箇所にわざわざ噛み付き、再反論①の冒頭から不穏当な修辞を繰り返しているのである。研究者としての日頃の研鑽には敬意を表するが、こういう姿勢はちょっといただけない。

 ネット上の匿名ユーザー、特に悪意あるユーザーの問題点は先述の通りだが、1月拙稿で彼らについて述べた部分をあたかも呉座氏に対する攻撃のように見立て、さらに曲解した上で、通常の議論には不要な「小学校」「難癖」といった表現を使った。ここで呉座氏にとって幸か不幸か、悪意あるユーザーと氏との奇妙なアライアンス(連携)が生じている。そうしたユーザーたちが、ツイッターで呉座氏のとりわけ不穏当な表現部分をすすんで引用しているのが象徴的であろう。

 匿名ユーザーたちそれぞれをアイデンティファイ(特定)できない以上、こちら側は匿名ユーザー個人個人とではなく、あくまで「匿名ユーザー群」との対峙になってしまう。それゆえ、悪意ありと判断できるコメントやメッセージは放置せざるをえない。実際、匿名ユーザーは実名ユーザーよりも、事実に反すること(まったくの妄想含む)や口を極めて罵るようなツイートをするハードルがはるかに低いことは呉座氏にも分かっているはずである。

 自分たちが相手にされない理由を理解できず、(あるいは理解しつつもあえて)罵詈雑言を性懲りもなく繰り返す。その中でたまにまっとうな議論ぶっている投稿を勝手なタイミングで織り交ぜているとしても、対応する気も起こらないのは言うまでもない。学問的作法を重視する呉座氏は再反論①において、あたかも傾聴に値するかのように匿名ユーザーのツイートを引用しているが、その前後の経緯を無視した「切り貼り」では困る。

 匿名ユーザーに比較的寛容な評論家、八幡和郎氏による同じく『アゴラ』の記事「『日本国紀』をめぐる久野・呉座論争とは何か」でも、「ネット上での議論は罵詈雑言、そして何より困ることは、両者の書いてないことをあげつらうようなものが多く、せっかくのまっとうな議論を台無しにしている」と指摘されている通りである。筆者も呉座氏が氏素性のはっきりした人物(研究者かどうか、そして高名かどうかはここでは関係ない)だからこそ、こうして筆をとっているのである。
呉座勇一氏=2018年3月、京都市西京区(寺口純平撮影)
呉座勇一氏=2018年3月、京都市西京区(寺口純平撮影)
 さて、改めて確認するが、もし呉座氏が1月拙稿に「応える」というのであれば、私が文中で提示した

「さぞかし過激な内容だろうと予想していた私は正直、拍子抜けした」とあるが、はて一体どのような内容を「予想」したのであろうか。

 そして

「学界の通説と作家の思いつきを同列に並べるのはやめてほしい」とのことだが、戦前日本が他国を一方的に侵略していたかのように断ずるかつての「学界の通説」がいかに実情を無視したものであるか。あるいは呉座氏の主張と違うところが多い、戦前の「学界の通説」についてはどう捉えているのか。

 という問いにこそ、答えていただきたい。それに対してはもちろん私も、重ねて表白した通り私個人の歴史観や史実認識についてお答えするつもりである。