クイーン人気の決定打となったのは、シングル『ボヘミアン・ラプソディ』の空前のヒットだ。1975年11月に発売された4枚目のアルバム『オペラ座の夜』からシングルカットされたこの曲は、全英1位、全米4位となり、クイーンの世界的な地位を不動のものとした。映画でも、この曲が創作されるエピソードが丁寧に描かれている。

 初来日は1975年。東郷さんが述懐する。

 「羽田空港には2000人近い女性ファンがプラカードを持って押し寄せ、メンバーはあまりに女性ファンが多いことに“違う惑星に降り立ったのかと思った”と、戸惑いを感じたという有名な逸話が残っています。

 武道館公演では失神者が続出したほど。そんなロックバンドはそれまでありませんでした。当時、『ロック少年』という言葉はありましたが、クイーンの登場によって、『ロック少女』という概念が日本に誕生したほどです」

 その後、『伝説のチャンピオン』『バイシクル・レース』などのヒット曲を立て続けに発表し、1970年代を駆け抜けたクイーン。

 1980年代に入ってからは、個々の活動をスタートさせるなど、新たな音楽的アプローチをするようになった。

 「映画では、フレディのソロ活動にほかのメンバーが反対したように描かれていますが、事実は違います。メンバーは誰もソロ活動に反対していませんでした」(宇野さん)

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