前田有一(映画批評家)

 クイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』が社会現象というべき大ヒットとなっている。

 近年の映画興行では公開後2週間の動きで、ある程度見切られてしまうものだが、本作は公開から3カ月以上たっても勢いを維持している。こうした特徴は『君の名は。』『アナと雪の女王』といった過去のメガヒット作と同様で、本作もすでに興行収入は116億円を突破、18年の国内全公開作品中ナンバーワンとなった。

 しかしこの映画、海外では批評家筋からの酷評が相次いでいることを知る人は、意外と少ないのではないか。

 例えばクイーンの本国イギリスのガーディアン紙は、フレディを演じたラミ・マレックの演技こそ褒めているものの「よくできたカバーバンドを見ているようだ」と皮肉っている。また、アメリカのニューヨーク・タイムズも「YouTubeで本物の動画を見たほうがいいんじゃないか」と手厳しい。イギリスの経済紙フィナンシャル・タイムズに至ってはもっと直接的に「驚くほど悪い伝記映画」とこき下ろす。

 彼らが真っ先に触れているのは、主に二つの製作トラブルについてだ。一つ目は監督のブライアン・シンガーが、撮影の3分の2が終わったあたりでスタッフやキャストともめ、クビになったこと。二つ目は、当初予定されていた主演サシャ・バロン・コーエンが、クイーンの現メンバーでエグゼクティブ音楽プロデューサーでもあるブライアン・メイ、ロジャー・テイラーと衝突し、方向性の違いから降板したこと。こうした出来事を批評家たちはネガティブに紹介している。

 さらに同時期には、ブライアン・シンガー監督による17歳少年へのレイプ疑惑も報道された。わざわざLGBTを公言しているこの監督に、ゲイだったフレディの伝記を託したというのに、完成前にそんなスキャンダルが巻き起こるなどシャレではすまない。詳しい降板の経緯は明らかにされていないが、そんなこともあって監督側を擁護する人はほとんどいない。
ゴールデン・グローブ賞で主演男優賞を受けたラミ・マレックさん(中央)と、「クイーン」のブライアン・メイさん(左)、ロジャー・テイラーさん=2019年1月6日、米ロサンゼルス郊外ビバリーヒルズ(ロイター=共同)
ゴールデン・グローブ賞で主演男優賞を受けたラミ・マレックさん(中央)と、「クイーン」のブライアン・メイさん(左)、ロジャー・テイラーさん=2019年1月6日、米ロサンゼルス郊外ビバリーヒルズ(ロイター=共同)
 実はこうした製作トラブルのある映画については、作品の出来不出来にかかわらず玄人筋はあまり褒めたがらない。トラブルには表に出ない被害者がつきものであり、下手に映画を褒めると彼らの恨みを買いかねないからだ。生産者に嫌われると内輪の情報を得られなくなるライターや批評家たちは、立場上そうしたリスクを取りたがらない。

 また、そうしたいわくつきの映画がコケたときに絶賛していたとなれば、読者からも鑑賞眼を疑われてしまう。だから業界人的には、公開前に『ボヘミアン・ラプソディ』を褒めるのは、極めてリスクだったわけだ。

 だが、ふたを開けてみれば、大衆は本作を手放しで絶賛。全世界で大ヒットし、米アカデミー賞でも5部門にノミネートされた。こうなると、今さら後に引けない批評家たちによる未練がましい酷評の的外れぶりが、逆に気の毒にさえなってくる。