杉原志啓(音楽評論家、学習院女子大講師)
英ロックバンド「クイーン」のボーカリスト、フレディ・マーキュリーの半生を描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』がタイヘンなヒットとか。なにしろ、昨年公開された邦画洋画の全フィルムで100億円超の興行収入を記録したのはこれだけというのだから、スゴイというよりビックリの人気ぶりだ。
むろん、フィルムばかりじゃない。先般、私は用あって銀座の「山野楽器」へ足を運んだが、CDやDVDコーナーはもとより、ギター売場でもクイーンソングの楽譜がズラリ並んでいるではないか。
また、こうした関連物品の便乗ビジネスは当然として、専門的な音楽誌も、一般向け写真週刊誌、NHKや民放の情報番組もこぞってクイーン関連の特集を組んでいる。
さらに、私がこうした現象についていかにもと思わされたのは、昨年末、かねて愛読している産経新聞の連載「モンテーニュとの対話 『随想録』を読みながら」で、同紙の桑原聡氏が、18歳の息子に誘われ、家族3人『ボヘミアン・ラプソディ』を観に映画館へ足を運んだと記し、この作品と映画のテーマソングの魅力を縷々(るる)綴っていたことだった。
つまり、かくのごとく『ボヘミアン・ラプソディ』は確かに今、一つの社会現象になっている。
ところで、ならばこれ「どういう次第で?」と言えば、まず、ファン周知の通り、そもそもクイーンは、かつて日本の夏の風物詩とまでいわれたベンチャーズのごとき、いわゆる「ビッグ・イン・ジャパン」(日本でしか売れていない洋楽の俗称)である。元来、わが国でとりわけ人気のグループだった来歴がある。
要するに、どこよりも日本の女性ファンがいち早く飛びついたとされる映画の主人公、フレディ・マーキュリーの少女マンガ的な倒錯したゲイ・キャラクターの魅力である。また、彼らの「ウィー・ウィル・ロック・ユー」や「伝説のチャンピオン」がサッカーやベースボールの映像を通じて、いつの間にか多くの人の耳に浸透していたこともある。
しかも『ボヘミアン・ラプソディ』では、通常のフィルム上映に加え、手拍子や声援、ペンライトやコスプレOKという「胸アツ応援上映」なんて企画イベントも評判を呼んだとか。

それに加え、巷間(こうかん)言われている通り、オフィシャルなウエブサイトが立ち上げられ、作品の内容をちょっとずつ小出しにした煽(あお)りの宣伝手法や、公開以前から各種会員制交流サイト(SNS)で予告動画が出回った。
このシェアがいもづる式に拡大し、連動してツイート数もどんどん増大していくなんて熱波もあっただろう。そういえば、ほんの数日前だが、新聞の文化欄に日本の映画界は「昨年興行歴代3位 SNS後押し」という見出しが躍っていた。