700人の外国人労働者が


 「赤い灯台」は昨年9月24日、「私たちの記念日」という見出しで、択捉新空港がオープンして開港式が行われたことを写真12枚付きで大々的に報じた。新空港はクリル発展計画の目玉プロジェクトで、07年から中心地の紗那(クリリスク)郊外に建設が進んでいた。中型機の離発着が可能で、当面、オーロラ航空が択捉とサハリンの州都、ユジノサハリンスク間を運航するという。

 同紙は、「ロシア全土で新空港がオープンしたのはソ連邦崩壊後初めて」とし、七九年のテレビ中継開始、2011年のアスファルト道路完成、13年の埠頭拡張に続き、新たな歴史が刻まれたと伝えた。

建設中の択捉島の新空港。8月1日オープン予定だというが、工事が進んでいるようには見えなかった。結局2カ月遅れの9月下旬に開港した=2014年6月29日(鈴木健児撮影)
 それまで択捉島では、旧日本軍が建設した太平洋岸の天寧飛行場を改修して軍民両用で使用していたが、霧が多発し、小型機しか離着陸できないことから新空港建設の要望が強かった。

 開港2日後には、プーチン大統領側近のイワノフ大統領府長官が択捉新空港に降り立った。同長官は住民に、「すべてはクリル発展計画に沿って実現した。次の段階として、快適な生活条件を目指し、住宅や社会インフラ、文化・スポーツ施設を建設して他の地域に劣らないようにする」と約束した。

 クリル発展計画とは、プーチン政権が他地域より生活環境が劣悪な北方領土など千島の開発を図るため、06年の閣議で策定。15年までに総額280億ルーブル(約840億円)を投じて道路・港湾整備、空港、住宅、病院、幼稚園など社会インフラを建設し、漁業や観光業、鉱業の発展を目指すものだ。「潜在力を持つクリルの産業振興を図り、アジア太平洋地域の経済体制と統合させる」としている。

 両紙では発展計画が大きなテーマで、「択捉島の別飛(レイドボ)付近の湖岸に温泉施設を備えた総合観光施設が着工」「色丹島の病院建設、完成間近」「国後島で金鉱探査に着手」「国後島の文化宮殿が近くオープン」といった威勢のいい記事が目立つ。

 気になるのは、今年で期限切れとなる発展計画が25年まで延長される見通しであることだ。「国境で」(7月24日)は、極東発展省とサハリン州政府が策定した新計画案の内容を伝え、10年間の投資総額は684億ルーブル(2052億円)で、現行計画の3倍近くに膨れ上がると報じた。

 連邦政府と州政府がほぼ同額ずつ出資し、最初の5年で大陸を結ぶ貨物・客船航路の整備、輸送・エネルギーインフラの整備、文化・スポーツ施設建設を行う。第二段階の5年間で漁業を総合的に発展させ、ロシアやアジア太平洋諸国の市場に水産加工製品の輸出を図り、「アジア太平洋諸国向けに経済特区を設置する」としている。

 これが実現すれば、ロシアは少なくとも25年までは北方領土返還を想定していないことになる。

 ただし、ロシア経済はウクライナ問題に伴う欧米諸国の制裁や石油価格下落で危機に直面し、予算規模が縮小されつつある。新計画も承認されておらず、曲折がありそうだ。

 同紙によれば、発展計画に伴う人手不足で外国人労働者を誘致しており、国後・色丹では12年時点で、中国や北朝鮮、中央アジアなどからの700人の外国人労働者が働いているという。

 北方領土は連邦資金の流入でミニバブルの様相だが、これはあくまで公共投資の効果であり、自律的な経済発展にはほど遠い。資金流入は社会的格差を拡大し、ロシア特有の汚職・腐敗も派生する。気候条件が劣悪で、食糧自給もできない遠隔の北方領土が自立発展できるとは思えない。やがてモスクワからの資金が途絶えた時、疲弊していくだろう。 

北方領土を切り売り


 両紙には毎号、読者の一行広告が掲載されており、住宅やクルマの売却提案が多い。

 「グネチコ通り、2部屋住宅、200万ルーブル(約600万円)」
 「修復済み三部屋住宅、230万ルーブル(690万円)」
 「35平米、1部屋、150万ルーブル(約450万円)」

 択捉紙には、

 「中心地から13キロ先の二階建てダーチャ(別荘)、土地私有、委細談」
 「修復済みの1部屋、140万ルーブル(420万円)」

 などと毎号、数件の住宅売却広告が連絡先の携帯番号とともに記載されている。島では人の出入りが多く、離島者は早急に住宅を売却したいのだろう。原始的な住宅市場が誕生し、ミニ住宅バブルと言える。

 クルマの一行広告は、日本製中古車ばかりだ。「トヨタ・ビスタ、95年型」「スズキ・ジムニー、97年型」などと・大古車・も売買されている。タクシーや自動車修理、家屋修理のビジネス広告もあり、隙間産業が生まれているようだ。

 一行広告で気になるのは、北方領土で住宅の私有化が進んでいることだ。ソ連時代は土地、住宅はすべて国有・公有だったが、市場経済移行後、住宅の民営化が認められ、ロシア全土ではすでに7割以上の住宅が私有化された。北方領土でも、60%以上の住宅が私有化されたという。

 私有化によって住宅の売却、賃貸、遺産相続が可能となる。北方領土が切り売りされていることを意味し、返還時には島民への補償問題が発生しそうだ。

 両紙を読むと、島民にとって最も切迫した問題は住宅老朽化であることが分かる。サハリン州のストロガノフ第一副知事は「国境で」との会見で、「南クリル地区で何年も切迫しているのが住宅問題だ。老朽化して危険な住宅は全体の34%、そのうち18%は倒れかけている。これはサハリン州で最も高い数字だ。新住宅が建設されているが、満足にはほど遠い。民間の力も借りる必要がある」と述べた。ロシア全土でも集合住宅の老朽化が深刻化しているが、北方領土は地震多発地域だけに、島民には脅威だ。

 「国境で」は昨年2月、色丹島で24部屋の新しい集合住宅が完成し、新住民に住宅の鍵を渡す贈呈式が行われたと報じた。新住宅には、94年の北海道東方沖地震で家を失い、仮設住宅に住んでいた住民が優先的に入るという。クリル発展計画の一環で、国後、色丹でさらに3棟の集合住宅が建設されるらしい。

 同紙は、昨年11月に科学アカデミー極東支部が出版した94年10月の地震報告書の要旨を掲載している。それによれば、震度6以上を記録した地震は北方領土に大きな被害をもたらし、四島で計11人が死亡、32人が重傷を負い、400近い住宅が全壊・半壊した。津波が200─300メートルにわたって沿岸部を襲った。産業基盤の多くも破壊されて離島者が急増。震災前の2万2千人の人口規模は、いまだに回復できていないという。