また、これは従来から言われてきたことではあるが、米国にとっての最大の問題は核兵器それ自体ではなく、米本土を射程に入れる核弾頭搭載可能なミサイル、大陸間弾道ミサイル(ICBM)であり、たとえ同盟国である日韓などが短距離および中距離ミサイルも削減、もしくは廃棄対象に含めるべきだと主張しても「米国第一主義」の立場からは、まずはICBMの削減・廃棄の方を優先させる可能性が高いと言える。

 一方で、これが短距離・中距離ミサイルの削減や廃棄と切り離されてしまい、短距離・中距離ミサイルの削減・廃棄につながらないと日本の利益は無視されたことになり非常に困った結果になってしまう。したがって、米国に対して日本の利益も重視するように働きかけることは重要だろう。しかし、長距離ミサイルの削減・廃棄が短距離・中距離ミサイルの削減・廃棄につながるのであれば、それをむしろ支援することが有効だろう。

 ただし、米国政府内部でも北朝鮮が「核兵器を完全に放棄する可能性は低い」(コーツ国家情報長官)、北朝鮮は「米国に直接的な脅威を及ぼす長距離核弾頭ミサイルの開発に注力している」(ハスペル中央情報局=CIA=長官)という慎重な見方も依然として根強い。従って、北朝鮮の非核化に対する見返りとして、今回の首脳会談で「制裁緩和」という言葉を米国が明示的に約束することはないだろう。

 北朝鮮としては、もちろん寧辺の核施設の廃棄の見返りとして上記の三つ、すなわち人道支援の拡大、終戦宣言、米朝連絡事務所の開所は最低限確保しておきたいと考えるだろう。そして、可能であれば、ある意味では制裁緩和の突破口として、韓国との南北経済協力に関する米国の姿勢の緩和を求めるということも考えているのではないか。

 金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の2019年の新年辞でも、開城(ケソン)工業団地と金剛山(クムガンサン)観光という南北の二大経済協力事業の再開に明示的に言及したことにも現れる。北朝鮮にとって、とりあえず経済発展のためには南北の経済協力事業を再開させることが最も近道ではあるのだが、それが国際制裁によって行き詰まっており、韓国だけの判断では再開が難しいということになると、それを突破するためには、米国の了解が必要になるということだろう。

 元来、北朝鮮が非核化を実施することによって米国から制裁緩和による経済発展と体制保証を求めるというプロジェクトは、ある意味では南北の共同プロジェクトとでも言うべき性格を持っているので、米国さえ、それを許諾すれば可能になるという暗黙の合意が南北にも存在する。

 日本では、ともかく北朝鮮の非核化に対する懐疑論、悲観論が依然として根強い。もちろん、せっかく開発したものを容易に手放すはずはないということは理解し得る。他国を欺いて核ミサイルを保有することが北朝鮮の目的であるとすれば、それは実現されたと言える。
2019年2月26日、米朝首脳会談のためベトナム・ドンダン駅に到着し、出迎えの人に手を振る北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(共同)
2019年2月26日、米朝首脳会談のためベトナム・ドンダン駅に到着し、出迎えの人に手を振る北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(共同)
 しかし、それが北朝鮮の現在から将来にわたる安全を保証することにならなかったことも北朝鮮は十分に自覚している。だからこそ、2018年に入って、それまで蓄積してきた核ミサイル能力を使って、自体制の安全保障を最大の脅威である米国から獲得しようとしてきた。米朝間の不信という条件の下で、そうした自体制の安全保障を獲得するという確信がないために、可視的な非核化に踏み切るのは容易ではないのかもしれない。

 しかし、いったん指導者自ら下した決断の意味は過小評価されるべきではない。そうした決断をどの程度持続することができるのか、できないのか、それは一義的には北朝鮮の指導者自身の選択にかかっているが、それ以外、特に米国をはじめとする国際社会の対応が、そうした決断を活かして持続させるのか、それとも、そうした決断自体不確かなものであり、信頼に値しないと考えるのか、さらに北朝鮮をより一層追い込むことによって、北朝鮮の非核化以上、例えば、北朝鮮の体制転覆のようなものまで獲得しようとするのか、という選択にかかっている。