2003年に発足した盧武鉉政権は、国力伸長を背景に「韓国にとっての世界」をさらに広げようとした。盧武鉉政権の初代外交通商相である尹永寛氏は同年末の記者会見で、韓国外交の課題として「自主外交」を強調した。

 尹氏は会見で「わが国の国力に合わせたグローバルな外交を展開していくことが、我々の目標だ。四強に加え、EUやASEAN、中東などグローバルなレベルでより積極的な外交活動を繰り広げていく」と語った。そうした意気込みがすぐに結果として出てくるわけではないが、日米との関係が国家としての生命線という時代はとっくの昔に終わった。

 冷戦終結と時を同じくして韓国経済は先進国水準に進入した。韓国は1996年、「先進国クラブ」と呼ばれた経済協力開発機構(OECD)に加入。2010年には途上国支援を担う主要先進国29カ国と欧州連合(EU)がメンバーとなっているOECD開発援助委員会(DAC)に加盟した。第2次世界大戦後に独立した旧植民地で「援助される側」だった国としては、現在でも唯一のDACメンバー国である。韓国の経済成長は称賛に値する。

 韓国の一人当たり国民所得は、朝鮮戦争直後の50年代後半には100ドルにも満たなかった。当時の世界でも最貧国の一つである。そこからの驚異的な経済成長には、65年の国交正常化を受けて日本から供与された資金と技術が大きく寄与した。この点については、韓国で知られていないとか徴用工訴訟と請求権協定の関係などと脇道に入るときりがないので、ここでは深入りしない。

 韓国が日本に頼ったのは資金と技術だけではない。貿易相手としても、日本は米国と並んで重要な相手国だった。

 日韓国交正常化から5年たった70年を見ると、韓国の貿易相手国としてのシェアは日本が37%、米国が34.8%で合計すると7割に達した。日米の比率は徐々に落ちていくが、90年でも日本23.1%、米国26.9%で貿易全体の半分が日米を相手としたものだった。

 ただ日米合計の比率が50%を超えたのは90年が最後で、その後は直線的に落ちていく。韓国がOECDに加盟した96年には30%台となり、04年には20%台、11年にはついに10%台となった。昨年(18年)は日本7.5%、米国11.5%で計19%である。

 80年代から細々とした交易が始まった中国のシェアは90年に2.1%だったが、01年に10.8%、09年には初めて2割の大台に乗せるとともに日米合計(20.1%)を上回る20.5%と順調に伸びた。昨年は23.6%に達している。

 注目すべきは、日米中3カ国のシェア変動だけではない。3カ国を足しても昨年のシェアは4割強だ。かなり大きな数字ではあるものの、日米の2カ国で7割だったほどの寡占状態ではない。韓国は既にGDP規模で世界10位前後の経済力を誇るようになっており、それに伴って貿易相手も多角化が進んでいるのだ。

 結局、政治と経済の両面で韓国にとって特別な国だった日本の位置づけは、冷戦終結を前後して大きく変わらざるをえなかった。どちらも不可逆的な変化だから、かつてのような状況に戻ることはありえない。

 これからの日韓関係はそれを前提にしたうえで考えていかねばならないのに、こうした変化に対する認識が両国ともに不十分というのが現状だ。この点にもっと注目すべきだろう。