もっとも、肝心なのは先の4カ条目の質問である。この点については前回も触れた通り、ポルトガル出身のイエズス会宣教師、コエリョは次のように述べている。

 ポルトガル人が日本人を買うのは、日本人が売るからであって、パードレたちはこれを大いに悲しみ、防止するためにできるだけ尽力したが、力が及ばなかった。各地の領主その他の異教徒がこれを売るので、殿下(秀吉)が望まれるならば、領主に日本人を売ることをやめるように命じ、これに背く者を重刑に処すならば容易に停止することができるであろう。

 コエリョの回答は天正遣欧少年使節と同じく、「売る方が悪い」という理屈である。このやり取りについては、ポルトガル人宣教師、ルイス・フロイスの『日本史』にも詳しく記載されている。次に、紹介しておこう。

 私(=秀吉)は日本へ貿易のためにやってくるポルトガル人らが日本人を多数購入し、奴隷としてそれぞれの本国に連行すると聞いた。私にとっては、実に忍びがたいことである。そのようなことなので、パードレはこれまでインドそのほかの国々へ売られたすべての日本人を日本に連れ戻すようにせよ。もし遠い国々で距離的に不可能な場合は、少なくても現在ポルトガル人の購入した日本人奴隷を放免せよ。私(=秀吉)は、ポルトガル人が購入に要した費用をすべて負担する。

 宣教師たちからすれば、日本人が売ってくるから奴隷として買うのだ、という論理であった。しかし、秀吉にとって同胞の日本人が二束三文で叩き売られることは、実に耐え難いことであった。購入にかかった費用を負担してまで買い戻すというのであるから、凄まじい執念といえよう。これに対する回答は、次の通りである。

 この件は、殿下(=秀吉)に厳罰をもって禁止することを乞い、パードレが覚書に示した主要な事項の一つです。日本国内はもちろんのこと、海外諸国へ日本人が売られることは、日本人のように卓越し、自尊心の高い民にとって不名誉であり、価値を引き下げることです。この災難は九州のみで行われ、畿内や関東にまで広がっていません。われらパードレは、人身売買と彼らを奴隷にすることを妨害するため、少なからずつらい思いをしています。いずれにしても、それらを禁止する根本的な手段は、殿下(=秀吉)が外国船が寄港する港の領主に禁止を勧告することになりましょう。

 この主張を信じるならば、当時、日本人奴隷の売買はポルトガル商人の寄港地である九州を中心にして行われていたことが分かる。いずれにしても宣教師たちの努力では奴隷売買をやめさせるのは難しいようで、秀吉自らが禁止命令を出すべきであるとする。常々、彼らは奴隷として売る日本人が悪いと言っているのであるから、取り締まるのなら日本の方で責任をもってやって欲しいということになろう。
狩野内膳作『南蛮人渡来図』(右隻)神戸市立博物館所蔵(Photo : Kobe City Museum / DNPartcom)
狩野内膳作『南蛮人渡来図』(右隻)神戸市立博物館所蔵(Photo : Kobe City Museum / DNPartcom)
 ところで、先行研究の指摘があるように、イエズス会は陰で日本人のキリシタンに寺社の破壊を命じたり、奴隷売買にもかかわっていた(高瀬弘一郎『キリシタンの世紀』)。それを隠蔽し、言い逃れをしていたのである。ところが、こうしたイエズス会の曖昧な態度は、秀吉に強い対応策を取らせることになった。

 次回はもう少し奴隷売買に対する、秀吉の対応を考えてみよう。

主要参考文献
渡邊大門『人身売買・奴隷・拉致の日本史』(柏書房)