小田部雄次(静岡福祉大名誉教授)

 被災地への訪問は、被災者の心の重さを受け止め、それに寄り添う純粋な心がなければ、逆効果になることもある。実際「上から目線」で視察して反発されたり、物見遊山で被災地に出掛けて顰蹙(ひんしゅく)を買ったり、そうした為政者やボランティアの事例も少なくない。

 今上陛下の被災地訪問は、皇太子時代の1959年、天皇の名代として伊勢湾台風の被害地域を訪れたのが始まりだった。このとき、被災地は歓迎の声ばかりではなかった。むしろ、救助活動などで忙しい現場に皇太子が出向いていくことに批判の声も上がった。

 しかし、皇太子の誠意が通じて、苦境に沈んだ多くの被災者の心を励まし、復興への前向きな気持ちを引き出した。皇太子自身も被災現場に立つことで、被災者の負った苦悩を共有し、そのことで被災を受けなかった多くの国民にも事態の深刻さを広く知らしめる役割を果たした。また、自らも将来の象徴天皇として果たすべき道を一歩踏み出したのである。

 伊勢湾台風の際、美智子妃殿下は妊娠中で同行できなかったが、その後はご夫妻での被災地訪問が続いた。皇太子時代の1986年には、三原山の大噴火で東京に避難していた住民たちを見舞い、ご夫妻で床に膝をついて一人一人に言葉をかけた。被災者と同じ目線で接する「励まし」の始まりであった。

 天皇に即位した後も、1990年に長崎県・雲仙普賢岳の噴火があり、北海道南西沖地震と奥尻島への津波、阪神・淡路大震災、三宅島噴火、新潟県中越地震や中越沖地震と自然災害が続き、その都度被災地を訪れた。そして、2011年3月11日に発生した東日本大震災では7週連続で各地の避難所を回られ、多くの被災者を見舞われたことは記憶に新しい。

 この大地震は大規模な津波の被害のみならず、東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射能被害及びそれによる地域の風評被害など、従来にない形と規模の災害となった。
2011年4月、東日本大震災で被災した茨城県北茨城市の大津漁港を訪れ、黙礼される天皇、皇后両陛下(代表撮影)
2011年4月、東日本大震災で被災した茨城県北茨城市の大津漁港を訪れ、黙礼される天皇、皇后両陛下(代表撮影)
 このとき、両陛下は関係機関と連絡を取りながら、細心の注意を払って、被災地訪問の計画を立てて実行された。最初に東京と埼玉の避難所から回られ、次に千葉、茨城両県を訪問されたのである。