瀬畑源(長野県短大准教授)

 2月24日、「天皇陛下御在位三十年記念式典」が国立劇場で行われた。生中継されているテレビを見ながら、今上天皇は「平和」と「旅」で語り継がれていくのだろうなと、筆者は改めて強く感じた。

 天皇の言葉にあったように、平成の30年間は「近現代において初めて戦争を経験せぬ時代」であった。また、国内外の戦没者の慰霊に積極的に取り組み、特に、父の昭和天皇が最後まで訪問ができずに象徴的な空白を残していた沖縄に思いを寄せ、沖縄の人々の中に残る天皇制へのわだかまりを少しずつ解いていった。

 天皇が詠んだ沖縄伝統の琉歌(りゅうか)に皇后が曲をつけた「歌声の響」を沖縄出身の歌手、三浦大知(だいち)が歌ったのは、その象徴的なシーンであった。天皇制から「戦争」というイメージをほぼ払拭(ふっしょく)したのは、天皇自身の努力の賜物(たまもの)であったことは疑いないだろう。

 一方で「旅」の印象も強い。安倍晋三首相の祝辞の最初に取り上げられたのも、度重なる被災地への慰問であった。天皇、皇后の姿と聞いて思い浮かぶのは、膝をついて手を取って被災者を慰問するシーンである人は多いのではないか。

 天皇は、2016年8月8日のビデオメッセージの際、次のように述べた。

 天皇が象徴であるとともに、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めるとともに、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民とともにある自覚を自らの内に育てる必要を感じてきました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じてきました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后とともに行ってきたほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。


 天皇は、「旅」をすることが、国民に象徴の立場を理解してもらうためだけでなく、自分自身が国民を理解し、ともにあることを自覚するための手段として非常に重要であると認識していることがわかる。
2019年2月24日、天皇陛下在位30年記念式典で「歌声の響」を歌う三浦大知(左端)=国立劇場(代表撮影)
2019年2月24日、天皇陛下在位30年記念式典で「歌声の響」を歌う三浦大知(左端)=国立劇場(代表撮影)
 天皇は、国民との直接の交流を通じて、天皇と国民の間の紐帯(ちゅうたい)を築こうとしてきた。だからこそ、高齢で体が動かなくなる前に、「旅」を続けることのできる後継者に位を譲る必要があったのだろう。