皇太子時代の被災地慰問として知られる伊勢湾台風の際、皇太子は座っている被災者に対して、立ったまま話をしている映像が残っている(1959年10月4~5日)。ただ、当時の記事を見ると、被災者に会わせずに上空からの視察にとどめようとした愛知県や三重県に対して、被災者と会う機会を作ってほしいと強く主張したのは皇太子だったという。

 被災者と直接会って声をかけるのは、昭和天皇の「戦後巡幸」を彷彿(ほうふつ)とさせる。ただ、この時はまだ、立ったままの昭和天皇スタイルだった。それが、美智子妃との出会いで大きく変わっていったのである。

 この今上天皇のスタイルは、保守派の批判をものともせず、その後も阪神・淡路大震災などさまざまな場所で貫かれ、むしろ、今では膝をつくことが当たり前と考えられている。国民とともにある、という天皇の考えを示す象徴的な行為として、国民から好意的に受け止められていったのである。
 
 そして、今上天皇の被災地訪問の特徴として、もう一つ考えなければならないのは「継続性」である。被災地の慰問は1回行えば済むと考えておらず、その復興状況を確認するということも一環として考えている。そして、その慰問は、ただ単に被災者を励ますということだけではなく、被災者以外の人たちに、「被災地のことを忘れないように」というメッセージを込めているように思われる。

 2011年の東日本大震災の時、天皇、皇后は、毎週被災地を巡り、被災者を励まし続けた。それだけでなく、その後も毎年のように被災地を訪問し、復興の激励を行っている。天皇の皇太子時代からの記者会見の記録を分析していると、自分の発言や行動が社会的に影響を与えることができるということに自覚的であるように見える。

 自分が被災地に行くことによって、被災地への思いを人々に思い出させ、支援の継続を呼びかける効果があると考えているのではないか。
2018年6月、福島県をご訪問され、相馬市にある東日本大震災の慰霊碑に供花される天皇、皇后両陛下(鴨川一也撮影)
2018年6月、福島県をご訪問され、相馬市にある東日本大震災の慰霊碑に供花される天皇、皇后両陛下(鴨川一也撮影)
 天皇としての「旅」は2019年4月末をもって、終わりを告げることになる。その後はどうなるのだろうか。上皇として「旅」を続けるのだろうか。それとも、新天皇に全てを委ねていくのだろうか。

 皇后とともに歩んだ今上天皇のスタイルを、皇太子がどこまで引き継げるかは未知数である。ただ、今後も被災地訪問は、天皇と国民との紐帯を強化するものとして、引き継がれることになるのではないか。

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