野田武則(釜石市長)

 東日本大震災のあの悲しみの日から8年の歳月が流れました。

 いまだ、仮設住宅の生活を余儀なくされている方々もたくさんおられます。それでも、復興公営住宅や宅地造成など、被災された方々の住まいの再建も進み、ある程度復興の姿が見えてきました。

 この8年間にわたり、復旧、復興のため、全国あるいは世界中からあたたかいご支援をいただきました。心からお礼申し上げます。

 振り返れば、あの瓦礫(がれき)と化した街の中、避難所は十分な環境を確保できず、被災された方々は不安を感じながらも身を寄せ合い、助け合いながら、厳しい環境を乗り越えようとしていました。市内の至るところに設置された遺体安置所へ、行方の分からないご家族、知人、友人の確認のために、ご遺族の皆さんが訪ね歩き、巡りながら日々過ごしてきたことを思い出すと、今でも胸が痛みます。

 そのような折、2011年5月6日に、天皇、皇后両陛下が釜石市にお見舞いに来られました。当時、報道で天皇陛下の体調があまり思わしくないと聞いていたので、大変心配しながらお待ちしていましたが、ヘリコプターから降りてくる両陛下の元気なお姿には、そのような様子は感じられませんでした。きっと無理をしながらも、何よりも「被災地の人々を励ます」という思いで、遠いこの地まで足を運んでくださったことに感銘しました。
避難所を訪れ被災者に声をかけられる天皇陛下 =2011年5月6日、岩手県釜石市の市立釜石中(代表撮影)
避難所を訪れ被災者に声をかけられる天皇陛下=2011年5月6日、岩手県釜石市の市立釜石中(代表撮影)
 私は、両陛下と用意されたマイクロバスに乗り、多くの方々が避難していた釜石中学校へ向かいました。沿道には、手を振ってお出迎えをする多くの方々がいました。マイクロバスの中では、沿道の両側から手を振る市民へ、両陛下が右に左に移動しながら、まさに一人一人に声をかけるがごとく、手を振られていました。

 私は「お疲れになりますから、どうぞお座りになられてください」と何度もお願いしましたが、天皇陛下は「市民の皆さんが手を振っていますから、私も手を振らなければなりません」と30分以上もの道中、立ちっぱなしで手を振り続けられました。両陛下の、ご自身の使命を果たそうとされるお気持ちと、体にむち打ちながらも、市民に手を振る姿を目の当たりにし、感動するとともにありがたい気持ちでいっぱいになったことを昨日のことのように覚えています。