こうしてドイツ商品は「如何んぞ彼等(中国人)の喝采を搏せざるべき、果して彼らは旧を棄てゝ新を取ること、水の卑きに就くが如」きであり、「今や独乙輸出品中の主要を占め、又外国商品中の要品と推さるゝに至れり」。新しくていいものなら、躊躇うことなく買うということだ。いわば中国人の趣味嗜好と消費動向を十二分に計算しているがゆえにドイツの販売戦略は大成功である。

 もう一つの成功例として山川はヤカンを挙げた。

 中国では「湯沸としては、殆ど錫銅の二種に限られ(中略)、其蓋は墜落するを防ぐか為、必ず紐を以て把手に繫げり」。この点にドイツは目を着けた。すぐ切れてしまうような紐ではなく、堅牢な「金属の小鎖を以てせり」。かくて消費者から「少からざる賞讃を搏」したのである。やはり鎖と紐では耐久性が断然違う。

 ドイツの巧みな販売戦略はまだ続く。たとえば「ランプのホヤに製造所の名号を記するに、英字と漢字とを以てせることなり」。ドイツ語音に近い音の漢字で記すが、「自国の文字」が普及していないゆえに、敢えて「英字を以て之に代へ」たのである。

 ドイツ語の綴りが通じないのなら、取りあえずは英語式で済ませておこう、である。“文化的自尊心”なんぞよりも、やはり目前の利益である。

 このように消費者の動向に臨機応変に対応するドイツ式ビジネス戦略を、山川は「其敏、称すべきに非ずや」と称賛したうえで、「需要には広狭多少の別あれども、既往に於て(現地消費者より)収めたる愛着心と信用とは、将来に及ぼして、無限の勢力を大陸に敷けるものと謂ふべきなり」と見通した。ドイツ製品が獲得した「愛着心と信用」があればこそ、将来の中国においてドイツは有利に振る舞うことができるだろう、ということか。これこそソフト・パワーというのではなかろうか。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
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 山川に従うなら、やはりドイツの成功は「独乙が真面目なる研究の結果に外ならず、歩を進めて考ふれば、善く詳に身を需要者の側に置」いているからだ。ドイツがこういった行動・判断ができる背景には何があるのか。どうやらドイツ人は「主として在留の官商間に於て油断なく注意を払ひ居るものと覚江らるなり」と推測してみた。これを現代風に言い換えるなら、成都在留のドイツ官民が共同し現地における消費動向を抜かりなく観察し、ビジネスに生かしているということだろう。

 ここで山川の視線は日本式ビジネスに転じた。

「本邦人の多くが物物しく視察とか研究とかに出懸け、上海、漢口、北京、天津と紳士旅行の素通りしたとて、何の功か之有らん」。モノモノしいばかりで通り一遍の「紳士旅行」なんぞは、当然のことだが昔も無意味だった。そのうえに「上海天津等に居留する本邦商人は、数字の上にては数百数千を以て計へんも、其中の少数を除けば、大抵共喰商人に属」するばかり。