ゲームファンたちの想いはさまざまにあるとは思うが、組織の広報としては、人気ゲームに関係者が採用されていれば、政治利用でもビジネス利用でもするのが賢明な判断である。日本共産党も若手党員の確保は最重要課題であろうから、少しでも若者層にコミットできるチャンスがあれば、批判を覚悟してでも、それを最大限に利用するのは当然のことだ。

 そういった事例からみても、自衛隊が若手人材の確保のために人気アニメを起用した広報をすることは、費用対効果や訴求力を考えれば妥当であり、その営業努力に敬服こそすれ、なんら批判すべき対象にはなり得ない。誰にも読まれることなく公民館などに山積みされている「ありふれた広報誌」より、はるかに税金の有効活用だろう。まずはこの前提に立つことが重要だ。

 さて、今回の騒動で最大のポイントと言えば、自衛官募集ポスターに描かれたキャラクターのミニスカート姿が、見方によっては「下着が見える」という批判である。これが「セクハラだ」「児童ポルノだ」と接続されて炎上が広がった。「アニメでの設定は下着ではなくズボン」という同本部の説明に対しても、まだ批判が鳴り止まない状況だ。

 例えば、大阪大の牟田和恵教授(ジェンダー論)は「自衛隊が性的なメッセージを含んだ幼い女の子を使っているのが問題(中略)女性自衛官も募集しているはずだが、誰に向けてメッセージを発しているのか」(京都新聞)と指摘した。

 しかし、一見まっとうに思えるこういった指摘も、その実態は萌え文化への偏見を踏み台にしつつ、「自衛隊=不謹慎」という印象操作のために単なるミスリードを展開しているにすぎないように感じる。

 設定を超越した「下着に見える、ズボンには見えない、性的だ」などは個人の主観に過ぎず、批判の争点には決してならないからだ。

 コンテンツがどう見えるか、という「見え方の問題」と、作り手がどういう設定で作ったか、という「設定の問題」の関係性においては、設定の側にしか正解はない。もちろん、コンテンツによっては「見え方」と「設定」の解釈論争としての議論はあるだろう。しかし、今回のようなセクハラ問題に置換されるような議論ではない。

 例えば、宮崎駿監督のアニメ『風の谷のナウシカ』は「世界自然保護基金(WWF)推薦」「文化庁優秀映画製作奨励賞」なども受賞した老若男女に愛される名作だ。しかし、一部で「ナウシカの描写は性をイメージさせる」と指摘されたことがある。
スタジオジブリのアニメ映画監督・宮崎駿さん(漫画家、アニメーター)=2016年11月13日、京都市中京区(寺口純平撮影)
スタジオジブリのアニメ映画監督・宮崎駿さん(漫画家、アニメーター)=2016年11月13日、京都市中京区(寺口純平撮影)
 具体的には主人公の少女、ナウシカがメーヴェ(小型飛行機)に乗って空を滑空するシーンでスカートの中が頻繁に見える。タイツを履いている設定ではあるが、それが「下着をつけていないように見える」ということが物議を醸したのである。

 この時は「タイツを履いている設定であり、うがった見方をする方がおかしい」というまっとうな反論によって笑い話として収束した。しかし、「下着を履いていないように見える」という指摘も事実ではあった。いずれにせよ、それに対する「タイツを履いている=裸ではない」という根拠も、制作上の設定に過ぎないのである。