具体的には、戦没者が亡くなった日を記した『祭神祭日暦略(れきりゃく)』に、日中戦争や太平洋戦争の戦没者の氏名が記されず、「諸命(もろもろのみこと)」として、祝詞の中で名前が奏上されない事態が放置されている。

 小堀元宮司は、伊勢神宮に禰宜(ねぎ)として奉職していた経験があり、伊勢神宮についての著作もある人物である。伊勢神宮では、その性格上、神を祀るということに厳しい態度で臨む。そうした立場からすれば、単立の宗教法人としての靖国神社の運営や、そこに奉職する神職のあり方は、相当に弛緩(しかん)したものに映ったのだろう。

 もちろん、『靖国神社宮司、退任始末』に綴られたことは小堀元宮司の個人的な見解であり、新しい宮司をはじめ、靖国神社の神職からは反論もあるに違いない。だが、靖国神社が置かれた現在の状態から考えると、その存在意義が薄れ、将来に対して大きな不安が存在していることは間違いない。

 戦前の靖国神社は、内務省や陸軍、海軍両省が共同で管理する国の機関だった。その点で、靖国神社のあり方は国が決定した。

 しかし、戦後、靖国神社は民間の一宗教法人となった。しかも、その特殊な性格から、神社本庁には包括されなかった。それは、靖国神社のあり方は、神社側が決められるということを意味する。

 国の機関であった靖国神社が民間の機関になったことに最大の問題があり、また矛盾がある。

 靖国神社の国家護持の運動が盛り上がりを見せたとき、それを実現するには「非宗教化」が必要だとされた。内閣法制局も、非宗教化には何が必要か、具体的な指針も示した。
靖国神社の第二鳥居と神門(ゲッティイメージズ)
靖国神社の第二鳥居と神門(ゲッティイメージズ)
 靖国神社のことを国民全体で考え、その上で将来の方向性を定めるには、改めて、非宗教化によって国の機関に戻す道を模索する必要もあるのではないだろうか。

■総理は「敗戦の日」にわざわざ靖国参拝すべきではない
■皇室の未来と「象徴」の地位を縛りかねない陛下のお言葉
■私はあえて言う、陛下のお言葉は「失敗」だったと