また、明治政府は、幕府側で戦った人々をも政府の構成員として採用しました。五稜郭(ごりょうかく)の戦いで有名な榎本武揚(たけあき)らです。そうなると、許されて相応の名誉を保証された旧幕府関係者と、その幕府の手にかかって恨みをのんで死んでいった者たちとの関係はどうなるのか。それを解決したのが「冤枉(えんおう)罹禍(りか)」という発想でした。

 志士たちは、幕府の判断ミスで無実の罪で災いを被った。その幕府の人々を朝廷が許したこと、また、犠牲になった志士たちの功績をたたえ、ともに祀ることで、犠牲者方でも、その事情を理解し、堪忍してやってもらいたい。これでかつての敵同士双方を、何とか円満になだめ、幽明境を異にしての和解をもたらそうとした。これが小堀桂一郎氏の解釈です。

 靖国神社の祭神の中には、無念の思いで亡くなっていかれたであろう方々も多くいます。例えば、堺事件の犠牲者たちです。戊辰戦争の過程で、土佐藩の歩兵隊が誤ってフランス海軍の水兵20人(推定)を射殺してしまった事件です。

 明治政府は、フランスによって土佐藩士20人の死刑を約束させられ、その結果、命令した隊長4人以外の16人を隊員の中からくじ引きで選びました。11人まで切腹したところで、フランスの立会人が凄惨(せいさん)さに耐えられず軍艦に逃げ帰ってしまい、残りの9人はフランスからの助命申請によって死を免れました。国家間の力の圧倒的な差によってもたらされた不条理な死です。ここには先の大戦の結果、BC級戦犯として処刑された人々にも通ずるものがあります。

 今日の「靖国神社社憲」に「嘉永(かえい)六年(ペリー来航)以降国事に殉ぜられたる人人を奉斎し、永くその祭祀(さいし)を斎行して、その『みたま』を奉慰し、その御名を万代に顕彰するため」とある通り、靖国神社は、犠牲を強調して敵国に対する恨みを増長させたり、ひたすら祭神の功績をたたえて戦争を賛美したりすることを目的にしてはいません。
ご成婚の2カ月半後に、お二人そろって靖国神社に参拝された皇太子ご夫妻
ご成婚の2カ月半後に、お二人そろって靖国神社に参拝された皇太子ご夫妻
 「万世にゆるぎない太平の基を開き」「安国の理想を実現」するために、「みたま」を慰め奉る。さまざまな状況の中で、さまざまな願いや思いを残して亡くなっていかれた方々の死を、意義深いものとして受け止め、「伝統的な温情と和解の心」を諸外国に対しても働かせにいく。そこにこの神社の本質があると私は思っています。

 そのような観点から見て、靖国神社について語る際には、敵としてみえる相手に対しも、自らがどれだけ「伝統的な温情と和解の心」が体現できるのか。そういう課題が、語り手の側にも突きつけられることになると思います。

 靖国神社が置かれている状況は複雑ですし、個々にみれば祀られている祭神も多様です。それらすべてを包み込む温情と和解の心の表現として、天皇陛下、内閣総理大臣には参拝していただきたいと思っています。

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