千葉雅也(立命館大学准教授)

千葉 あらゆる施設内を一律に禁煙化するという方針には、ある政治性が、イデオロギーが含まれていると考えられます。それは一言でいうと、「身体の私的所有」の強化です。

――どういう意味なのでしょうか。

千葉 自らの身体を外界から区切られた「領地―プロパティ(私有財産)―不動産」として考え、境界を侵犯するものを拒絶することです。近年、右派と左派のいかんを問わず「身体の私的所有」を強める傾向が見られると思います。

 たとえば右派の場合、在日外国人や移民に対する拒絶反応が顕著です。自国の領土を身体の延長のように見なし、侵犯者を敵と捉え、アメリカのトランプ大統領のように「国境に壁をつくる」といってみせる。

 対する左派においては、マイノリティの権利擁護の場面で、アイデンティティの取り扱いを単純化し、当事者の申し立てを「当人が自分はこうだといっているのだからそうなのだ」と固定化するような傾向があるのではないか。

 右派の場合は国家や民族など集団的アイデンティティを護り、左派の場合は細分化されたマイナーなアイデンティティを護る、という相違はあるけれど、いずれも「身体という領土」の防衛という点では一致している。身体は自分だけのものである、という認識です。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
 受動喫煙への嫌悪もまた、自分の「身体という領土」を一片たりとも侵されたくない、というイデオロギーの表れではないでしょうか。

 さらに、たばこの煙に限らず、「電車内のベビーカーや赤ん坊の泣き声が神経に障る」というサラリーマンや、恋愛やセックスのストレスを避ける「草食系」の傾向も、「身体という領土」を脅かす存在を拒絶するという意味で、「身体の私的所有」の観点から説明可能でしょう。

 さらにいえば、「身体という領土」とは、「自分という資本」です。それをガッチリ掴んでいる。他者との偶発的な関係によって「自分という資本」が目減りする、不完全化するのを避けたいというわけです。