後藤洋平(プロジェクトコンサルタント)

 筆者個人の喫煙、禁煙に対する立場については、2018年の春、10年以上続けていた喫煙習慣に別れを告げました。もともとヘビースモーカーというわけではなく、一日に数本、仕事のあいまに一服するといった程度だったのですが、大学時代の恩師から強く勧められ、一念発起してやめました。

 結果どうだったかと言えば、健康的にも経済的にも明らかにプラスですし、ランチの際に灰皿のあるお店を探す、といったような面倒もなくなったりと、良いことづくめです。恩師の一喝に感謝している次第です。

 ただし、決然とした禁煙というよりは、「いつでも喫煙習慣にもどる可能性を留保した一時的な生活習慣」だと自分には言い聞かせています。喫煙、嫌煙については、常に中庸的な立場で物事を考えられる自分でいたい、と思っているからです。

 近ごろは、日々愛煙家の肩身が狭くなり続けています。その流れはもう止まらないだろうと思います。それでも尚、いや、だからこそ、愛煙家が「喫煙しない」という習慣を選択するのは「社会的正義のため」ではなく、あくまで「個人の自由意志による」べきだと思うからです。

 諸外国と比較して、日本は禁煙の取り組みが遅れていると、よく指摘されます。東京五輪が開催される2020年に向けて、政府は「一部の小規模飲食店を除く、全ての飲食店で原則禁煙」との内容を盛り込んだ改正案を提出しようとしましたが、反対にあって緩和したことは記憶に新しいでしょう。この件から、嫌煙家の中には「こんなことでは、この国は良くならない」と失望した、という方もいるかもしれません。

 しかし、ちょっと待っていただきたい。「喫煙は、肺や循環器の健康に良いものではない」という認識について、タバコを吸う人も、吸わない人も、反対する人はもはや皆無に近いでしょう。世の中の趨勢(すうせい)として、喫煙習慣は終焉に向かいつつあります。静かなる声、サイレント・マジョリティによる歴史の裁定は下っているのです。

 あとは時間の問題であり、完全禁煙社会が到来するのが、早いか遅いか、それだけの話であるように見えます。
2009年4月からJR東日本の首都圏201駅で全面禁煙を実施。ホームの喫煙所に灰皿撤去を知らせるステッカーなどがはられた(緑川真実撮影)
2009年4月からJR東日本の首都圏201駅で全面禁煙を実施。ホームの喫煙所に灰皿撤去を知らせるステッカーなどがはられた(緑川真実撮影)
 ここで改めて日本における禁煙の歴史を振り返ってみると、ゆっくりとではありますが、しかし確実に、禁煙空間は広がり続けていることが分かります。以下にその歩みを示しておきます。

・1956年 「旅客自動車運送事業等運輸規則(運輸省)」事業用自動車内の禁煙表示、車内喫煙禁止、乗務員の喫煙制限
・1978年 「喫煙場所の制限について(厚生省)」国立病院・療養所における分煙対策、国内線航空機、国鉄連絡船に禁煙席
・1980年 東京地裁で嫌煙権訴訟(新幹線に半数以上の禁煙車設置を求める)国鉄新幹線ひかり号に禁煙車両
・1987年 JR山手線原宿駅、目白駅が終日禁煙
・1997年 JR東日本管内全駅において分煙化を実施
・2002年 「安全で快適な千代田区の生活環境の整備に関する条例(東京都千代田区)」制定
・2003年 「健康増進法」施行多数の者が利用する施設の管理者に対し、受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずる努力規定
・2018年 「東京都受動喫煙防止条例」制定
 (出典:「日本における禁煙・分煙・防煙の歩み」「列車内における禁煙の拡大について」)

 歩みは確実でも、ペースが遅々として進まないことに、もどかしさを感じる人がいるかもしれません。また、そのもどかしさから、「既得権益を守ろうとする守旧派」「リベラルで進歩的な人々」という図式を連想する人もいるかもしれません。