北方領土が戻ってくるかもしれない──。そんな期待がメディアから漂う。だが、今はむしろ交渉するには最悪のタイミングだと、ロシア事情に詳しい名越健郎氏(拓殖大学海外事情研究所教授)は指摘する。

 日露平和条約締結を悲願とする安倍晋三首相は遂に、歯舞、色丹の2島引き渡しをうたった1956年の日ソ共同宣言を基礎に決着させることを決め、ロシア側との本格交渉に入る。

 平和条約を結ぶ切迫性もないのに、なぜ急ぐのか。面積で4島全体の93%を占める国後、択捉を放棄していいのか。平和条約締結は政権のレガシー(遺産)狙いではないのか。突っ込みどころは満載なのだが、首相はプーチン大統領と交渉の枠組みを決め、2019年6月の大統領訪日時に平和条約基本合意を目指す意向という。3年を切った自らの任期から逆算して、このタイミングしかないと踏み切ったのだろう。

 だが、安倍首相は任期中の締結を急ぐあまり、交渉をめぐる内外の環境を十分勘案していない。日露交渉を本格化させるには、ロシアを取り巻く環境は最悪である。特に、欧米が対露非難を強める中、日本の融和姿勢が突出している。

 2018年11月末に起きたロシアによるウクライナ艦船拿捕事件も、欧米とロシアの対立を激化させた。

 日本を含むG7(主要7カ国)外相は艦船拿捕に「深刻な懸念」を表明し、ロシアによるクリミア併合を改めて非難した。北大西洋条約機構(NATO)はクリミア周辺への偵察飛行を開始、黒海への海軍プレゼンスを拡大している。ウクライナ東部では数カ月前から、ロシアが支援する親露派武装勢力とウクライナ政府軍の武力衝突が続いており、ウクライナ危機が再燃する気配だ。

 拿捕事件を受け、トランプ大統領はアルゼンチンでのプーチン大統領との首脳会談をキャンセルした。米国の中間選挙で下院を制した民主党は、ロシアへの新たな大型経済制裁を準備中だ。米議会は超党派で親露派・トランプ大統領の対露制裁緩和権限を奪い、ロシアを封じ込めている。
2019年1月22日、共同記者発表を終え、引き揚げる安倍首相(左)とロシアのプーチン大統領(共同)
2019年1月22日、共同記者発表を終え、引き揚げる安倍首相(左)とロシアのプーチン大統領(共同)
 米露関係がますます悪化する中、プーチン大統領は返還後の2島に米軍基地を設置しない確約を要求している。しかし、歯舞、色丹を日米安保条約の除外地域とすれば、日米地位協定の改定が必要になり、米政府や国防総省は対日不信を強めよう。尖閣には適用し、北方領土には適用しないという都合のいい構想を米側は受け入れないだろう。