木村幹(神戸大大学院国際協力研究科教授)

 2012年12月に第2次安倍政権が成立してから既に6年以上が経過した。これに先立つ2006~12年の6年間には、第1次安倍、福田、麻生、鳩山、菅、野田の6つの政権が生まれては崩壊する過程を繰り返したため、第2次以降の安倍政権の年月はこの6つの政権を合わせた期間をも超えたことになる。

 当然のことながら、この長い期間に朝鮮半島を巡る状況も大きく変化した。第2次安倍政権が成立したとき、韓国では朴槿恵(パク・クネ)が大統領当選を果たしている。周知のように朴槿恵は大統領当選の直後から慰安婦問題を掲げて日本に強硬に対峙した。

 これより前の同年8月には、李明博(イ・ミョンバク)による竹島上陸と天皇謝罪発言があり、日韓関係は悪化を見せていた。さらに、12月には北朝鮮が初の「人工衛星」の軌道投入に成功しており、13年3月に3回目の核実験も実施されている。

 これらを踏まえれば、発足直後の第2次安倍政権を迎えた朝鮮半島を巡る情勢は、お世辞にも良好とは言い難いものだった。不安要因は他にもあった。日本国内外では、政権に復帰した安倍が歴史認識問題などで修正主義的な施策を展開するのではないか、という観測があり、その言動が日本の朝鮮半島政策を支える大きな柱になる日米関係を傷つけるのではないか、という憂慮が広がっていた。

 一方、当時のアメリカはオバマ政権下にあり、人権問題に強い関心を持つリベラルな大統領との関係にも疑問が投げかけられた。そして当初は、その危惧は現実のものとなるかに見えた。

 ピークはおそらく13年12月の靖国神社参拝だった。事実、第2次世界大戦の戦勝国であるアメリカはこの動きに「失望」を表明している。同盟関係にある日米関係としては異例の事態であったということができる。

 このような状況の中、朴槿恵政権は慰安婦問題で攻勢を強め、アメリカをはじめとする各国に対する宣伝攻勢を展開した。日本国内で「告げ口外交」と揶揄(やゆ)された動きである。当時の韓国では「道徳的優位」という言葉が用いられ、韓国政府は国際社会における自らの優位に自信を有しているように見えた。

 しかしながら、このような動きは、14年に入ると変わってくる。転換をもたらしたのは二つの要素であった。一つは南シナ海問題を巡る米中関係の悪化であり、このような中、中国への接近を強める朴槿恵政権の動きにアメリカは警戒を強めることとなった。
「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」の記念行事で演説する習近平国家主席(中央後方)。手前は(左から)カザフスタンのナザルバエフ大統領、韓国の朴槿恵大統領、ロシアのプーチン大統領=2015年9月、中国・北京(共同)
「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」の記念行事で演説する習近平国家主席(中央後方)。手前は(左から)カザフスタンのナザルバエフ大統領、韓国の朴槿恵大統領、ロシアのプーチン大統領=2015年9月、中国・北京(共同)
 だが、それと同じほど重要だったのは、二つ目のポイント、すなわち、この時期、第2次安倍政権が歴史修正主義的な言辞を封印していったことである。ピークは15年8月のいわゆる「安倍談話」だろう。