国会に置かれた国会事故調査委員会(黒川清委員長)は、民主党政権の事故後の対応について厳しく指摘しつつ、「事故の根源的な原因は、平成23年3月11日以前に求められる」と述べています。

 事故以前の政府の対応に決定的な不備があったことを指摘したもので、例えば、津波を想定できたにもかかわらず、予備電源が原発建屋の地下に設置され、水没により全く使えなかったことなど、今考えると信じられないようなお粗末な措置が長年にわたってなされていました。

 そこについては、第一次安倍政権を含む歴代自民党政権に大きな責任があることは明白です。原発事故について、民主党政権を批判するだけでなく、自らが行ってきたことを反省し、少なくとも責任を共有してもらいたいのです。

 安倍総理は私との質疑の中で、原発事故について「歴代の政権として、第1次安倍政権のときも含めて、反省をしている」と発言しましたが、民主党政権時の最大の出来事であった原発事故について本当にそう思っているなら、「悪夢」発言のようなレッテル貼りはできなかったのではないでしょうか。

 私は、予算委員会や党首討論を通じて、歴代総理と何度も質疑を行ってきました。質疑の後は、いい議論ができたという一定の充足感がありました。ところが、安倍総理とは、ほとんどが議論のすれ違いで、不完全燃焼の連続でした。

 国会での議論を通じて国民に理解を求めるという姿勢が、そもそも安倍総理にはないのではないかと思っています。野党を敵だと考え、レッテル貼りをする。野党の主張に耳を傾けることもなく、そもそもまともに議論しようとしない。これでは国会の議論は劣化し、議会制民主主義が危うくなる。安倍総理にはもっと謙虚になってもらいたい。これが、私が予算委員会質疑の中で繰り返したメッセージです。

 しかし、その私の思いは、安倍総理の答弁からは感じることができず、本当に残念でした。議会での議論に期待できないと感じる人々が増えれば、政治そのものに対する不信を生み、その先にあるのは、欧米の一部でも見られるようなポピュリズムの政治です。
党首討論で安倍晋三首相(左)と論戦を交わす無所属の会の岡田克也氏=2018年6月、参院第1委員会室(酒巻俊介撮影)
党首討論で安倍晋三首相(左)と論戦を交わす無所属の会の岡田克也氏=2018年6月、参院第1委員会室(酒巻俊介撮影)
 「民主主義を機能させるために必要不可欠なのは寛容と自制心だ」(『民主主義の死に方』第5章「民主主義のガードレール」スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット著)。

 与野党ともに心しなければならないことですが、一国のリーダーである安倍総理に、特に重く受け止めてもらいたい言葉だと思います。

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