藤井青銅(作家)

 元号の基本は、「この国に流れる時間・年月(とその年月下で生きている民衆)を支配するのは王である」という考え方だ。それ自体は「**王の治世*年目」ということだから、このような紀年法は古くから東西どこの国でもある。そこに王の名前とは異なる「いい意味を持つ漢字」を当て、その漢字が持つ意味とムードを重ねたのは、紀元前140年、中国・前漢の「建元」が元祖だが、漢字の国らしい発明だ。

 日本はそれに倣って始め、「大化」(645年)から、2度の空白期間を挟んで、大宝(701年)以来現在まで続いている。漢字文化圏である中国、朝鮮半島、ベトナム、日本などで使われたが、現在元号を使っているのは日本だけだ。

 元号の数は大化から平成まで、247もある(南北朝のダブりを含む)。今上天皇は第125代、最初の「大化」の時の孝徳天皇は第36代だから、元号の数と歴代天皇の代数は全然合わない。理由は、改元にはさまざまなパターンがあるからだ。

 大きく分けて、次のようになる。

①代始改元(天皇が践祚(せんそ、天皇の位を継ぐ)したとき。のち、将軍の代始改元のようなことも始まる)
②祥瑞(しょうずい)改元(めでたい自然現象があったとき)
③災異改元(大災害や戦乱後の、験直し的意味)
④辛酉改元・甲子改元(決まった干支の時に行う)

 ②について言うと、奈良時代には、「珍しくめでたい亀が見つかった」という理由で、霊亀(715年)・神亀(724年)・天平(729年)・宝亀(770年)と、55年間で4回も改元している。私はこれを「亀改元」と名付けた。

 たしかに、珍しい色や姿の亀を見つければめでたい感じはする。しかし「背中に北斗七星の模様がある亀が見つかった」(霊亀)ならまだギリギリ許せても、「背中に『天王貴平知百年』という文字(現天皇の治世は貴く平和で100年も続くであろう、という意味)がある亀が見つかった」(天平)となると、「?」と思うのが普通だ。
江西大墓に描かれた神獣の玄武=南浦市
江西大墓に描かれた神獣の玄武=南浦市
 当時「天子に徳があると天が認めた印として、珍しくめでたい動植物・自然現象(亀、鹿、泉、雲、金…など)が現れる」という思想(天人相関説)があった。すると、権力者におもねり「王の徳をたたえて、こんな祥瑞が報告されました」と言い出す者が現れても不思議はないだろう。なにしろ、改元にいたる祥瑞を献上した者は褒美をもらえ、その地域は税を免じてもらうケースや、報告した役人が出世することもあるのだから。

 現在、元号にはなんとなく難しく、触れにくい雰囲気も付随するが、元々はこんな風に、なんとも人間臭いものなのだ。

 ③はその逆のパターン。④は完全に迷信(当時から批判も多かった)。要するに②~④は、縁起担ぎ・厄払い・験直しなのだ。すべて非科学的ではあるが、言葉によって明るく・前向きなムードをつくり出す一定の効果はあるだろう。