われわれ日本人は現在、幸い何となく安心して暮らしているが、その深層には同じ民族としての共通の信頼感があることは間違いない。その柱が天皇崇敬であり、それに伴う元号の作る共通の時代意識なのだ。

 ル・ボンは社会の大乱を深海の大地震が起こす大津波に例えている。民族の深層が強固なら地震の揺れを吸収するが、そうでないと、大津波となって社会を崩壊させてしまうのだ。元号は天皇崇敬とともに、この大地震を吸収する有力な緩衝材の一つである。だからこそ元号制度は敵に狙われるのであり、われわれは意識してしっかり守らなければならない。

 ただ、今上陛下の譲位を控えた本年の一般参賀にうかがった国民の数は15万人に上り、史上最多であった。また、先日の今上陛下の神武天皇陵参拝の関西行幸には異例の多くの国民がお迎えした。これは今上陛下への敬慕の思いと、自分の歴史としての平成の時代が過ぎていくことを実感し惜しんだからではないか。これはまさに平成という元号が国民各自の時代でもあったことを示している。

 だから帝王が「元号によって時を支配する」などという非難が、全く的外れであることが分かる。これは同時に日本民族の深層が天皇崇敬と元号制度を通して、まだしっかり維持されていることを示しており心強い。

 日本の元号制度とは、天皇の謚によって、長大でとりとめのない歴史を時代という概念で等身大に切り取り、それを保管、共有し、後世に伝えるという極めて高度で素晴らしい制度である。

 ゆえに、新元号について、文字の善し悪しなどを論じるのは本筋から外れていると思う。時代は、元号の文字によるのではなく、その時代の歴史の評価で強く記憶されてきたからだ。それは現代ではわれわれが作るものであり、時代に生きるわれわれの力量を示すものである。
帰京のためJR京都駅を出発される天皇、皇后両陛下=2019年3月、京都市下京区(代表撮影)
帰京のためJR京都駅を出発される天皇、皇后両陛下=2019年3月、京都市下京区(代表撮影)
 冒頭でも記したが、これが国家とともに自分個人の唯一無二の歴史を作ることにもなる。時代概念は時の容器である。新しい時代の始まりを見て期待とともに、ある種の畏(おそ)れの念を持つのは私だけではないだろう。

 今われわれは過ぎ行く平成の御代を惜しみながらも、新しく始まる時代を迎える心の準備をしている。後世の日本人に感謝されるよう父祖にならって新しい天皇陛下の下で強く団結し、内外の危機を乗り切っていかなければならない。