淡々と回を重ねてきた法定協議会であるが、年末からの余震に続いて今年に入ると、会の進行などをめぐって不満が噴出し混乱が始まった。その原因は、①代表者会議のあり方②議会日程との調整③協定書のまとめ方、などをめぐってであった。

 その根底には、委員間討議を早急に行って協定書を取りまとめ住民投票に持ち込みたい大阪維新の会、反対ではあるが素案についてより熟議を求める公明、都構想そのものに反対する立場から採決による決着を求める自民と共産、という委員間の対立の構図があった。

 こうした経緯を経て、3月7日の法定協議会において今井豊会長(大阪維新の会)は「今後のスケジュール『工程表』(会長案)」を提案し採決が行われた。

 その内容は、統一選挙後の5月から6月にかけて4回の協議会を開催して審議の到達点や方向性を確認の上6月には協定書(案)を取りまとめ、再開後第5回の法定協議会で協定書を決定、直ちに所定の手続き(議会での審議など)を経て本来の知事・市長のダブル選挙日であった11月24日に再度の住民投票を実施するというスケジュール案であった。

 採決の結果は反対多数で否決された。

 そしてこの結果を受けるかたちで翌3月8日に知事と市長は辞意を表明した。

 今回の知事、市長、府議会議員、市会議員の選挙結果は、都構想論議の今後(終結か継続か)に決定的影響を与える重要な選挙となった。
入れ替えダブル選への立候補を表明し、記者会見する大阪府の松井一郎知事(左)と大阪市の吉村洋文市長=2019年3月8日、大阪市中央区(彦野公太朗撮影)
入れ替えダブル選への立候補を表明し、記者会見する大阪府の松井一郎知事(左)と大阪市の吉村洋文市長=2019年3月8日、大阪市中央区(彦野公太朗撮影)
 しかし、そもそも都構想には懸念が多い。都構想をめぐる「軽視・錯覚・誤解」について指摘したい。

 都市ではヒト・モノ・情報が激しく流動し、相互依存関係を高めながら密集した場が形成され、そこで経済活動や市民生活が営まれる。そしてこれらの活動は多岐にわたる公務や都市装置の集積によって支えられている。

 指定都市である大阪市は、多様な事務事業の担い手である有機的総合行政体として重要な役割を果たしてきた。

 大阪市政130年の歴史は自治権拡充を求める歴史でもあった。戦前からの大都市の特別市制確立運動は、戦後、地方自治法上で特別市が条文化されたものの、五大府県と五大市との激しい対立によって特別市制は実現せず、代ってその妥協の産物として1956年に指定都市制度が創設された。事務権限移譲の流れは、国から地方へ、府県から市町村へ、をキャッチフレーズとする分権改革の流れに沿って今日なお途切れることなく続いている。

 大阪都構想はこの流れを逆流させようとする動きである。この逆流は、一度は2015年の住民投票で反対多数の結果となったことで解消したかに見えた。しかし、その後のダブル選挙で都構想を目指す知事、市長が当選したことで、再び大阪の地方政治はこの問題に政治的エネルギーと行政資源を注入することとなった。