田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 「忖度(そんたく)」という呪文を唱えると、そこには事実がなくとも「安倍首相の関与」が現れる。これがいわゆる「モリカケ問題」の今に至る社会的背景だろう。学校法人「森友学園」(大阪市)、「加計学園」(岡山市)の一連の問題について、法的や道義的な意味でも、安倍晋三首相の関与は全くなかった。

 ただ、「全くない」と言ったところで、ワイドショーなどの情報を鵜呑みのする人たちの「疑惑」は全く晴れないだろう。そう考えれば、これは既に政治や経済の問題ではなく、一種の社会心理学の話かもしれない。

 そして、この種の「忖度」物語が、容易に生み出せることは自明でもある。なぜなら、安倍首相と何らかの関係のある人物が、「首相に忖度した」とただ言えば、直ちに「忖度物語」が生まれるからだ。この新しいバージョンが、辞任した塚田一郎国土交通副大臣の「忖度発言」である。

 発言は、塚田氏が統一地方選の応援に訪れた北九州市内の集会で飛び出した。山口県下関市と北九州市を結ぶ関門新ルート(下関北九州道路)の国直轄調査への移行に関し、安倍首相と麻生太郎財務大臣の地元なので、塚田氏が国直轄のものに「首相や麻生氏が言えないので私が忖度した」という内容だった。

 この「忖度」という言葉は、政治的にもマスコミにとっても「キラーコンテンツ」と化している。与党は「忖度」という言葉の利用が新たな「疑惑」を生み出さないかと極度に警戒し、野党やマスコミは「忖度」という言葉に政権批判の足掛かりを見いだそうとする。特にマスコミで目立つのは、朝日新聞、毎日新聞と関係が深い媒体だろう。

 事実はどうでもいい。そこに「忖度」という言葉をめぐる狂騒が生まれれば、取りあえず「勝ち」である。

 例えば、テレビ朝日のニュースではテロップに「忖度道路」という言葉が使われていた。この種のイメージ報道により、いかにも「忖度」があったかのような印象を視聴者にもたらすだろう。
山口県下関市と北九州市を隔てる関門海峡(ゲッティイメージズ)
山口県下関市と北九州市を隔てる関門海峡(ゲッティイメージズ)
 では、実際に、国直轄の調査に引き上げたことに対して、塚田氏が本当に影響力を行使し、またそれが「忖度」だったのか。そもそも、「忖度」したからといってそれがどうして問題なのか、一切不問である。「政権批判」という傾きで、ひたすらイメージが優先されている。