澤田克己 (毎日新聞記者、元ソウル支局長)

 日韓関係がここまで悪化している背景には、冷戦終結の時期を前後して起きた両国関係の構造的変化がある。そうした認識からこれまで、主として韓国側の事情に焦点を当てたコラムを3本書いてきた。簡単に振り返ってみると、▽現在の韓国では「反日」は重要なイシューとなっていない(第1回 韓国国会議長による「天皇謝罪」発言の裏側)▽冷戦終結によって韓国は自由に行動できるようになったし、経済成長にも成功したので日本への依存度が低くなった(第2回 「日本は韓国にとって”特別な国“」は冷戦終結で終わった)▽1987年の民主化によって歴史上の不正義を正そうとする「過去の清算」という動きが表面化するようになった(第3回 韓国の民主化の「副作用」、日本への配慮を忘れていった社会)——ということである。「日韓関係の構造的変化を考える」と題したシリーズの最後となる今回は、日本側の事情について考えてみたい。

 まずは政治について考えてみよう。日本は冷戦時代、共産主義勢力に対する盾として韓国を見ていた。韓国では1960年に李承晩が退陣に追い込まれた内政混乱の後、朴正煕がクーデターを起こした。この時に首相を退いて間もない岸信介は「釜山まで共産主義が浸透してきたときの日本の地位を考えるとき、ことに近接した中国地方の山口県などからみると、非常に治安上、重大な問題だと思う」と語った。そして、「革命を起こした朴正煕その他の連中がやっていることは、ある意味からいって《自由韓国》を守る“最後の切り札だ”」と、朴正煕政権を支える必要を力説して回った。(大岡越平「『自由韓国』を守る」、中央公論1962年1月号)

 韓国が北朝鮮とにらみ合ってくれているおかげで、日本は軽武装の経済重視路線を突き進むことができた。クーデターの大義名分を経済再建に求めた朴正煕は日本の資金と技術を必要としたが、安定した韓国の政権を作ることは日本の国益にもかなっていたのだ。そして日韓を協力させることは、互いの同盟国である米国からの強い要求でもあった。

 こうした考え方は、1969年の日米首脳会談での共同声明に「朝鮮半島に依然として緊張状態が存在することに注目。韓国の安全は日本自身の安全にとって緊要」と盛り込まれた。これは「韓国条項」といわれ、その後の日米首脳会談や日韓首脳会談で踏襲された。

 そして全斗煥政権は1981年、安全保障と経済協力を直接関連させて60億ドルの借款を日本に求めた。「韓国の立場から見て、冷戦の前哨で戦っている韓国に自らの安全保障の多くを依存している日本は、韓国が果たしている戦争抑止の努力に対して応分の支払いをしなければならないと考えられた」(南基正「戦後日韓関係の展開 —冷戦、ナショナリズム、リーダーシップの相互作用—」『GEMC Journal』No.7、2012年3月、69ページ)ということだ。日韓両国は1983年、40億ドルの借款を日本が韓国に提供することで合意した。

 冷戦終結によって、この構図は激変した。韓国にとっては総じて前向きな変化だったと言えるだろうが、日本には違う光景が見える。北朝鮮が核・ミサイル開発を進めて日本にとって直接の脅威となったのは冷戦終結を受けてのことだし、中国も冷戦後のグローバリゼーションの中で急速に台頭して覇権主義的な行動を取るようになってきた。どちらも日本の安全保障にとってマイナスの動きである。

 朝鮮半島情勢に詳しい日本の外交官は「冷戦時代の韓国にとって、日本は(1)経済協力の提供者(2)軍事政権にとっての米国への影響の経路(3)未だ国交を有していない中国への経路といった戦略的な位置付けを持っていた。一方で日本にとっての韓国は、北朝鮮及び北朝鮮を通じてのソ連の脅威への防波堤だった。ところが、冷戦構造の崩壊と韓国の民主化、日本のバブル崩壊などがあって、韓国にとっての日本の戦略的な位置付けは3つとも失われた。ところが、日本にとっての韓国の位置付けは『ソ連』を『中国』に置き換えれば、現在もそのまま変わらない」と話す。
※画像はイメージです(ゲッティイメージズ)
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 問題はそれだけではない。日本にとっての直接的な脅威となった北朝鮮の問題に対処するためにも、韓国の協力を取り付けるかどうかは大きい。韓国の協力など不要だと切り捨てるなら、日本の負う政治・経済的コストは増大する。米中の対立激化という状況についても、韓国がどのような態度を取るかは日本に大きな影響を与える要素となった。在韓米軍の撤退などという事態になれば、日本の安保政策は根本的な見直しを迫られる。日本の財政がその負担に耐えられるかは疑問である。

 基本的な要素として韓国の国力伸長も見逃せない。冷戦時代の韓国は弱小国だったから国際社会での影響力は極めて小さかった。ところが現在はG20(主要20カ国・地域)のメンバーであり、世界10位前後の経済力を持つ。国際政治というゲームの中で簡単に無視できる相手ではない。