竹嶋渉(元在韓ジャーナリスト)

 最近、韓国の地方議会に、「『日本の戦犯企業』が生産した製品に『戦犯ステッカー』の貼付を義務づける条例案」なるものが上程され、さまざまな論議を呼んだ。この条例案については日本でも大々的に報道され、ただでさえ険悪な日韓関係をさらに悪化させるという憂慮の声も強かった。条例案は、いったん取り下げられたものの、再び審議される可能性は残っている。この条例案に関する日本での報道は極めて断片的であり、その背景や反応については深く触れられてはいない。ここでは、こうした条例案が韓国の地方議会に発議された背景や一般の韓国人の反応について考察してみたい。

 まず、この条例案が発議されたのは韓国の首都・ソウルを取り囲むように位置している京畿道(キョンギド)の議会。「道」は日本の「都道府県」に当たる。京畿道の人口は約1300万人。地方議会とはいえ、田舎の小都市の議会に発議された条例案ではないのである。

 件(くだん)の条例案は3月26日から開かれた京畿道議会の臨時会で発議された。その内容は「学校で使うプロジェクターやカメラ、コピー機などの備品のうち、日本植民地時代の戦犯企業が生産した製品」に「戦犯企業の製品であるステッカーを貼付するように義務づける」というものだ。「戦犯企業」というのは、去る2012年、国務総理室が「植民地時代に収奪や徴用を行った」と発表した299社の日本企業のうち、現存する284社。東芝や日立、川崎、三菱、住友などが含まれている。

 この条例案の「条例案発議趣旨」には「制定理由」として「一部日本企業らが『対日抗争期』当時、戦争物資提供などの目的実現のためにわが国民を強制的に動員して労働力を搾取した。長い歳月が流れた今も(日本が)公式的な謝罪や賠償どころか歴史を否定し、美化しているのは深刻な問題」「学生たちに正しい歴史認識を確立させ、教職員に警戒心を抱かせるため、戦犯企業が生産した製品であることを明確に表示しなければならない」という内容が記されていた。

 「対日抗争期」とは耳慣れない言葉であるが、要するに日本の植民地期ということである。最近、韓国では歴史を美化し脚色するための「言い換え」が行われているが、この用語もその一つである。その一方で、「日本は反省も謝罪も補償も一切していない」という事実無根の定番フレーズが用いられている。

 自分が愛国者であることをアピールするために、韓国人が日本製品の不買や排斥を呼びかけるのはよくあることで、特段珍しいことではない。現に、この京畿道の条例案に先立ってソウル市議会にも日本製品の排斥を行おうとする条例案が発議されそうになった前例がある(市議会に上程されず常任委員会で否決)。ただし今回の京畿道の条例案は日本製品の排斥を公式的に行おうとするもので、過去に例がなかったものである。
2019年3月1日、ソウル市内で開かれた「三・一独立運動」100年の式典に参加した市民(共同)
2019年3月1日、ソウル市内で開かれた「三・一独立運動」100年の式典に参加した市民(共同)
 条例案の発議を主導した黄大虎(ファン・デホ)議員は「日本の『戦犯企業』は太平洋戦争当時、日本帝国主義のためにわが国民を強制徴用する反倫理的行為を犯し、またこれを通じて莫大(ばくだい)な利益創出と人類史に罪悪を及ぼしたにもかかわらず、何の反省も補償もなかった」「ドイツの戦犯企業は反省し、ナチスの犠牲者に対して補償を行ったので、戦犯企業だとしても例外」「日本の『戦犯企業』が過去を反省せず美化する行為をやめない以上、消費者は戦犯企業を記憶しなければならない」などと述べている(「日刊京畿」)。ここでも「ドイツは反省したが、日本は反省していない」というお決まりのフレーズが登場している。ドイツがアフリカの植民地支配に対して謝罪したことなどないのだが。