2019年04月19日 12:42 公開

ロバート・ムラー米特別検察官の捜査報告書が描き出した、ドナルド・トランプ米大統領の行動は、まったく一筋縄ではいかない。疑わしい行動もあれば疑惑を晴らすような行動もあり、政治的に対立する陣営双方が攻撃材料とするには十分な内容が、報告書には書かれていた。

448ページに及ぶ報告書は、2016年米大統領選に対するロシア当局の介入については、トランプ氏が当初から主張していた内容を裏づけるものだった。結託はなかったと。

ムラー検察官は同時に、大統領が司法を妨害したと示唆する多くの事実関係を周到に積み重ねていったが、大統領が犯罪を行ったと結論するには至らなかった。

直ちに弾劾手続き開始のきっかけになるような「煙の出ている銃」、つまり決定的な証拠はなかったものの、野党・民主党は連邦議会で大統領追及を継続するには十分な材料が報告書に含まれていたとみている。


「これで自分の大統領政権は終わりだ」

報告書によると、2017年5月に特別検察官が任命されることになったと知ると、大統領は衝撃をあらわにした。

当時のジェフ・セッションズ司法長官が捜査開始を報告すると、トランプ氏は、「ああもう、最悪だ。これで自分の大統領政権は終わりだ」と言い、罵倒語を使って「自分はもうおしまいだ」と嘆いたという。

さらにトランプ氏は、「こういう特別検察官が出たら、政権はもうだめになるとみんなに言われた。何年も何年もかかって、何もできない。こんな最悪なことは初めてだ」と続けたと報告書は書いている。


「ムラーはくびだ」

報告書によると、2017年6月に大統領はキャンプデイヴィッドから、ホワイトハウスのドナルド・マギャン法律顧問(当時)の自宅に電話をかけ、特別検察官を解任するよう命令した。

報告書が詳述するマギャン弁護士の証言によると、大統領は2度目の電話でさらに圧力をかけ、「ロッド(・ローゼンスタイン司法副長官)に電話しろ。ロッドに、ムラーには利益相反があるから特別検察官にはなれないと言え」、「ムラーはくびにしないとだめだ」、「言われたことをやったら電話するように」と念を押したという。

マギャン弁護士はこの介入に激しく動揺し、ニクソン流の「土曜夜の大虐殺」(ウォーターゲート事件渦中の1973年にリチャード・ニクソン大統領が特別検察官の解任を命じたため、司法長官をはじめ同省幹部が次々と辞任した)のような展開に参加するくらいなら辞任すると反発した。

2018年1月下旬の米紙ニューヨーク・タイムズ報道で、トランプ氏がムラー氏を解任しようとしたことが明らかになると、トランプ氏の顧問弁護士の1人がマギャン弁護士に連絡を取り、公の場で報道内容を否定するよう要請した。しかし、マギャン氏は自分の弁護士を通じてこれを断ったという。


結託はなし

ムラー特別検察官は捜査を通じて、複数のトランプ関係者がロシア当局の関係者と接触を繰り返していたことを発見した。報告書によると、トランプ陣営は「(ロシアのハッカーが)盗み出し、ロシアによって公表された情報」から自分たちの「選挙戦が有利になることを期待」していた。

トランプ陣営はこのほか、民主党本部のサーバー・ハッキングで流出した民主党幹部のメールを、ウィキリークスが公表したことにも「関心を示し」、民主党の大統領候補だったヒラリー・クリントン氏に「損失を与えるかもしれないと歓迎した」という。

民主党はこれを、国をないがしろにする不道徳な行動だと非難している。しかし、ムラー捜査陣は、これは犯罪行為に相当する共謀行為ではないと明確に判断した。

「ロシアからの接触先、ビジネス関係の相手、トランプ陣営への支援申し出、トランプ候補にプーチン(ロシア大統領)と対面の機会を提供するという招待、陣営幹部とロシア政府代表の顔合わせの招待、米ロ関係改善を目指す政策提案などの形をとった」

「ロシア政府とトランプ陣営に関係する複数の個人との間に複数のつながりがあることが捜査によって特定されたが、刑事訴追の根拠として十分な証拠ではなかった」

「捜査は、ロシアの選挙介入行動において、トランプ陣営の関係者がロシア政府と共謀もしくは連携したという事実を確定しなかった」


司法妨害については無罪放免ではない

大統領による司法妨害行動の可能性については、ウィリアム・バー司法長官が3月末に要旨を公表した際、トランプ氏は勝ち誇り「完全な無罪確定だ」とあちこちで主張して回った。

しかし、当時の要旨も、今回発表された報告書全文(公判上の秘密などは黒塗り)も、大統領を無罪放免にはしていない。

報告書は、「対象者が犯罪を隠ぺいするために司法を妨害する場合と異なり、我々が入手した証拠からは、ロシアの選挙介入に関する前提となる犯罪行為に大統領が関与していたことは確定されなかった」と結論している。

その一方で、次のようにも明記している。

「事実関係を徹底的に捜査した末、大統領は明らかに司法を妨害していないと自信を持てるならば、我々はそのように断定するところだ。事実関係と、適用可能な法的基準をもとにすると、我々はそのような判断に至ることができない。大統領の行動と意図について得た証拠から我々は、犯罪行為はなかったと決定的に断定することができない」

報告書は、現職大統領を起訴することはできないという司法省方針を認めた上で、三権分立の原則に則り連邦議会が大統領を捜査し、場合によっては弾劾することは可能だと指摘する。

ムラー特別検察官は、「大統領が憲法第2条に則り自らの権限を行使した結果、司法を妨害したと言えるかどうかについて、我々は、司法遂行の厳正性を守るために大統領の権限乱用を防ぐ権限は、連邦議会にあると結論した」、「大統領の権限乱用に対して連邦議会が司法妨害に関する法律を適用しても良いという結論は、この国の憲法が保障する三権分立の仕組みと、なんびとも法を超越しないという原則に見合うものだ」と書いている。


トランプ氏はほかにどうやって捜査を左右しようとしたか

報告書は、トランプ氏個人による司法妨害行為と疑われる10件について、詳述している。

トランプ氏によるジェイムズ・コーミー連邦捜査局(FBI)長官の電撃解任など、そのほとんどは詳しく記録されている。

一方で、ムラー報告書が挙げる10件の内容から、報道当時はホワイトハウスが否定した様々な米メディア報道の内容が実は正しかったことが浮かび上がった。

報告書によると、大統領選前の2016年夏にニューヨークのトランプタワーで、トランプ氏の長男や義理の息子など陣営幹部がロシア人弁護士と面会したことについて、各社の報道が始まると、トランプ氏は事実を曲げた説明文を口述筆記した。ロシア人弁護士はトランプ陣営に、クリントン氏に不利な情報を提供すると申し出ていた。この面会実現に向けて、ドナルド・トランプ・ジュニア氏が仲介者とやりとりしていたメールの内容を、トランプ・ジュニア氏自身が公表した

「メールが公表される前に大統領は、トランプ・ジュニア用の声明文を編集し、面会が『陣営に有利な情報を持っているかもしれないと(トランプ・ジュニアが)知らされていた人物』とのものだったと認める一行を削除した。その結果、当時の声明は、ロシア人の子供たちとの養子縁組のみが面会の話題だったと述べる内容に変えられた」

さらに報告書によると、トランプ氏はコーリー・レワンドウスキ元選対本部長を通じて、セッションズ司法長官(当時)に働きかけ、捜査は「非常に不当」でトランプ氏は何も悪いことなどしていないと、司法長官として公に宣言するよう求めた。

しかし、セッションズ長官はロシア疑惑捜査への関与を忌避すると発表。トランプ氏はこれに激怒し、捜査の行方を制御できなくなるという懸念から、「忌避を止めさえすれば」、「英雄」になれると、セッションズ長官に圧力をかけ続けたという。


大統領命令を遂行せず

報告書によると、大統領による司法妨害が成立しなかったのは、政権関係者が「命令遂行」を拒否したからだという。この政権関係者の中には、コーミー前FBI長官、マギャン元ホワイトハウス法律顧問、レワンドウスキ元選対本部長などが含まれる。

報告書には、大統領にとって決して好ましくない次のような描写もある。

「大統領は捜査に影響を与えようとしたが、その取り組みのほとんどは成功しなかった。その理由は主に、大統領を取り巻く人物たちが、大統領の命令を遂行しなかった、もしくは要請に応じなかったからだ。コーミーはフリン(国家安全保障問題担当大統領補佐官)に捜査を中止せず、それは最終的にFBIへの虚偽供述を理由としたフリンの起訴と有罪判決につながった。マギャンは司法長官代行に、特別検察官を解任するよう伝えず、むしろ大統領の命令に背いて辞任する覚悟だった。レワンドウスキとディアボーン(元大統領次席補佐官)は、ロシア疑惑捜査の範囲を将来的な選挙介入に限定すべきだという大統領のメッセージを、セッションズ氏に伝えなかった。そしてマギャンは当時の出来事に関する自分の記録から、特別検察官の解任を大統領に指示されたことを撤回するよう大統領から複数回にわたり要求されたにもかかわらず、これに応じなかった。こうした行動様式に一致して、すでに提出した以外の司法妨害容疑で大統領の側近や関係者を訴追することは、証拠の裏づけがなく、あり得ない」


大統領の書面回答は不十分

ムラー捜査の進展をつぶさに追いかけていた人なら、トランプ氏が2018年1月24日にホワイトハウスで、特別検察官のチームから事情聴取を受けるのを「楽しみにしている」と述べたのを覚えているだろう。大統領が、「できるだけ早くそうしたい」し、宣誓して証言する用意もあると自慢したのを。

しかし報告書によると、「1年以上にわたる協議の末、大統領は事情聴取を拒んだ」。

ロシア関連の話題について特別検察官の質問に書面で回答することには同意したものの、「司法妨害の話題や、政権移行期間の出来事に関する質問には、書面で回答しない」と、捜査協力を断った。

ムラー報告書は、「大統領が任意で事情聴取を受けるつもりがないという認識から、聴取の機会を召喚状で要求すべきか検討した。書面回答は不十分だと受け止めていた」と書いている。

しかし最終的には、たとえ召喚状を出しても法廷闘争につながり、捜査終盤で相当の遅れが出てしまうだろうという判断から、大統領の事情聴取は求めないことにしたという。


なぜセッションズ、トランプ・ジュニア、クシュナー各氏は起訴されなかったのか

ジェフ・セッションズ司法長官(当時)は議会公聴会で、選挙戦中にロシア当局と接触していないと、事実と異なる証言をした。これについてムラー捜査陣が前長官を訴追しなかったのは、委員からの質問の仕方があいまいだったからだという。

「質問の文言や文脈に照らして、セッションズが意図してロシア関連の質問で偽証したと証明できるだけの証拠はない」と報告書は書いている。

トランプ氏の長男や、娘婿のジャレッド・クシュナー氏をはじめとする選対幹部は、トランプタワーでロシア人弁護士と面会した件で、訴追される可能性がかなり高かったことも報告書には書かれている。

これもまた、トランプ・ジュニア氏とクシュナー氏を選挙資金法違反で起訴しなかったのは、「故意」の法律違反だったかを立証できなかったからだという。

(英語記事 Mueller report: Eight things we only just learned