2019年04月22日 13:00 公開

「こういう暴力沙汰は、もう過去のものだと思っていたのに」――。スリランカの最大都市コロンボにあるキリスト教会などで21日朝に起きた連続爆発事件で、現場に居合わせた人々が当時の様子をBBCに語った。この爆発による死者は約290人に上り、日本国内の報道によると、外務省が日本人1人の死亡を確認した。

爆発はコロンボやネゴンボ、バッティカロアの3都市で、午前8時45分ごろから短い間に連続して発生した。教会のほか、同国の主要ホテル3軒などが狙われたという。計画的な自爆テロとの報道が出ている。

この日はキリスト教のイースター(復活祭)で、教会には多くのキリスト教信者が礼拝に訪れていた。


ジュリアン・エマニュエルさん

スリランカで育った内科医のジュリアン・エマニュエルさん(48)は現在、妻と子どもたちとイギリス・サリー州で暮らしている。

エマニュエルさん一家は今週、親戚に会うためコロンボに滞在していた。市内のシナモン・グランド・ホテルで寝ていたところ、爆発が起きた。

「寝室にいると、大きな爆発音が聞こえて、部屋が揺れました。8時30分頃だったと思います。その後、ホテルのラウンジに誘導され、建物の裏手から避難するよう指示されました。病人へ搬送されるけが人や、ホテルが受けた被害の一部を目にしました」

ホテルスタッフの1人は爆発現場でばらばらになった遺体を目撃したと話していた。ホテルはレストランの1つが爆破され、「重大な被害」を受けていた。

エマニュエルさんは「今日は母や甥(おい)と一緒に教会に行く予定だったが、どの教会の礼拝もキャンセルになりました」と述べた。

「スリランカで生まれて18年間暮らしました。その間、民族対立を色々と目の当たりにしてきました。スリランカは数十年におよぶシンハラ人とタミル人の争いで破壊されたものの、2009年以降は比較的平和でした。一方で私の11歳と7歳の子どもと妻は、こういう戦争のようなものを見たことがない。妻や子どもたちにはかなりつらい状況です」

さらにエマニュエルさんは、「本当に悲しいです。スリランカでこういう暴力沙汰はもう過去のものになったと思っていたのに。また繰り返されるのを見るのは、悲しいです」と付け加えた。

ウスマン・アリさん

コロンボ在住のアリさんは、自宅近くのカトリック教会から礼拝者が「慌てて」避難しているのを目撃して異変に気がついたという。

国立血液センターには人が殺到していたという。

「大きな人だかりができていて、車を停めて血液センターに入ろうとする人々で道路が混雑していました。施設側は現在、献血志願者の名前、血液型、連絡先を控えており、施設から連絡が入った場合にのみ戻ってくるよう呼びかけています」

施設内は力強い共同体意識で満ちていた。

「みんなの目的はひとつだけ、爆発の被害者を助けたいという一心で集っていました。宗教や民族は関係ありません」

キーラン・アラサラトナムさん

英インペリアル・コレッジ・ロンドン・ビジネススクールのキーラン・アラサラトナム教授(41)は、2階のレストランが爆発で破壊されたシャングリラ・ホテルに滞在していた。

スリランカ人のアラサラトナムさんは30年前、難民としてイギリスに移住した。社会的企業の立ち上げを支援するため、スリランカを訪れていた。

アラサラトナムさんはホテルの18階にある部屋で「雷鳴」のような音を聞き、1階まで走って逃げたという。

「みんなパニックに陥っていて、大混乱していました。あたり一面が血で覆われていました。みんな何が起きたのか分からないまま走っていました。シャツに血がついている人や、女の子を救急車に運ぶ人がいました。壁も床も血で覆われていました」

アラサラトナムさんは、もし朝食に時間通りに行っていたら爆発に巻き込まれていたかもしれないという。

ホテルの部屋を出たのは午前8時45分頃で、ちょうどこの時間帯に複数の爆発が連続して起きていた。

「何かが気になり、デビットカードを取りに戻りました。カーテンを開けて、ドアノブにかけていた『邪魔をしないでください』のサインを外しました。すると大きな爆発が起きたんです」

現在は緊急避難所に身を寄せている。手当てを必要とする負傷者や、行方不明の家族を探す人が大勢集まり、「至るところで血のにおいがする」という。

サイモン・ウィットマーシュさん

英ウェールズのサイモン・ウィットマーシュさん(55)は医師で、すでに引退して一線を退いている。今回は休暇でスリランカを訪れていた。バッティカロア市内を自転車で移動中に「大きな爆発音」を聞き、煙が約800メートル上空に立ち上っているのを目撃したという。

「たくさんの救急車や大勢の泣いている人を見ました。現場から離れるよう指示されました」

小児科医だったウィットマーシュさんは、救援活動に協力しないではいられないという思いにかられ、近くの病院で応援を買って出た。

「そのころには緊急対応の手順に沿って、対応が進んでいました。病院は軍によって厳重に守られ、ほとんどの人が中へ入るのを阻止していました。周辺の道路はすべて封鎖されていました。対応はとても手際よく進んでいる印象でした」

ウィットマーシュさんによると、スリランカ当局による外出禁止令で、ほんの数時間前まで賑わっていた通りが完全に静まり返った。

「外出禁止令が発令されたので、道路は空っぽでした。車両も、人も、何もかも」

「ロンドンから来ている人たちは、帰国したいと話しているが、外出禁止令が解除されるまでは何もできない」

外出禁止令は22日朝、解除された。

(英語記事 'I thought we left violence behind us'