4.大阪都構想


 2013年5月、堺市長が「大阪都への参加の是非を問う住民投票」を検討していると報じられた際、橋下氏は、「中身もわからない段階での住民投票などばかげている」(10)と批判した。構想発表から3年以上が経ち、その実現の公約期日まで2年を切っていた時点で、「中身もわからない」と自ら明言したのである。となると、大阪維新の会の代表である橋下氏は、住民の意見を問うことさえばかげている政策を看板にして議員選挙や首長選挙に勝利して来たのだということになろう。やはり、中身のない主張で選挙を戦っていたのである。

 そもそも、大阪都構想に対する橋下氏の思い入れに、それほど強いものがあるようには見えない。たとえば、2011年4月の統一地方選挙において、大阪維新の会が大阪市議選と堺市議選で過半数議席の奪取に至らなかった際、橋下氏は、「大阪都構想はいったん白紙」(11)と発言しているのだ。早い話――少なくともその時点では――有権者の受けが芳しくないと直勘したのであろう。逆に言えば、大阪都構想なるものもまた、信念を持って主張し続ける政策ではなく、世間の耳目を集め、票を得るための張子看板に過ぎないということなのである。だからこそ、受けが悪ければ白紙撤回でも構わないのだ。

 さらに言えば、大阪都という名称にしても、一貫して主張されていたわけではない。まず、橋下氏は、2011年10月に出版した自著の中で、大阪都という名称が重要なのではないと明言していた。

 東京への対抗意識から派手な「都構想」をぶち上げたと思う人がいるかもしれません。それは違います。名称は「都」でも「府」でもなんでもいい。非効率な「二重行政」を解消し……。


 なるほど、目的が二重行政の解消なら、名称に拘る必要はないだろう。名前は、大阪府のままでも全く問題はない。ところが、2013年11月14日には、一転して、東京に対抗するには「都」という名称が重要だと言い出したのだ。しかも、今度は、なぜか東京への対抗意識をむき出しにするのである。

 名称は重要で一番いいのはやっぱり「都」だ。「府」では中途半端で東京に対抗できなかったわけであり、新しい自治体になるのであれば新しい名前でいかなければならない。


 2年前は「名称は『都』でも『府』でもなんでもいい」。今回は「名称は重要」……。2年前は「東京への対抗意識」は「違います」。今回は、「『府』では中途半端で東京に対抗できなかった」……。次は何を言い出すのかと思っていると、この発言からわずか2週間ほど後、唐突に「大阪州」なる名称が飛び出すことになる。まあ、何でもいいから目新しいことを言って注目を集めようというわけであろうか。

 大阪市の橋下徹市長(日本維新の会共同代表)は28日、大阪市を廃止して複数の特別区に再編する大阪都構想の名称について、「大阪都」以外に「大阪州」も検討する考えを明らかにした。


 この「大阪州」なる名称が、どれほど真剣に検討されたのかは不明であるが、どうなったのかは大阪市民にも知らされていない。ともあれ、2015年1月24日に催された大阪維新の会タウンミーテイング(大阪市城東区イズミヤ今福店前)における発言では、再び「都」という名称の必要性が強調されることになる。ただし、その理由は、これまでとは違う。名称が「都」でなければならないのは、「都」を英語で言えば「メトロポリス」になるからだということらしい。さらに、今回は――東京に対抗するか否かではなく――東京都と大阪都で日本を引っ張ってゆくという新たな大義名分が登場する。

 東の東京都、西の大阪都、二つのエンジンで日本を引っ張っていく。英語で言えば、大阪府と大阪都って全然違う。全然違う。府っていうのは英語で言ったらプリフェクチャーっていうんです。都になるとメトロポリスになる。


 もう、たくさんであろう。二重行政の解消が目的だから名前はどうでもいいのか、東京に対抗するためには「都」でなければならないのか、とにかく「府」という名称を変えるのなら「州」でもいいのか、果ては英語で言えばメトロポリスだから「都」でなければならないのか。そんなことを真面目に考えても無駄なのだ。大阪都騒動が始まってから5年以上、私たち大阪府民は、意味不明の朝令暮改に振り回され続けて来た。それで、気がつけば、今や大阪府は借金苦の起債許可団体である。このような状況下、橋下氏が進めようとしていることは、彼自身の言葉によると次のとおりである。

 大阪都構想は、ある意味で実験です。……結果はやってみなければわからないこともあるでしょう。


 平たく言えば、大阪府民は実験台だというわけである。この冷淡な発言には、耳を疑わざるを得ない。橋下氏には、大阪府民に対する共感や配慮が欠如しているのだ。ただでさえ財政状況が厳しい中、自らの政策を「実験」だと言い放つ無神経さには、支配者たらんとする意志が感じられこそすれ、他人を思いやる姿勢が全く感じられない。今の橋下氏にとって、たとえ大阪府民を実験台にしようとも、5月の住民投票に勝つことだけが目標なのであろう。ただし、あくまでも今の橋下氏にとって、である。2011年の大阪府知事・大阪市長W選挙の際は、その選挙に勝つことが全てであったためか、今とは言うことが全く違っていた。

 冒頭にも記したとおり、5月17日の住民投票は、24の行政区を擁する大阪市を潰し、5つの特別区にバラバラにするか否かを問うものであり、たとえ賛成多数でも大阪府が大阪都になることはない。敢えて確認しておくと、賛成多数なら、次のようになる。

・大阪市を潰す(大阪市廃止)。
・大阪市をバラバラにする(5つに分割)。
・当然、現在の24ある行政区は消滅。
・大阪都はできない(府のまま)

 ところが、2011年の大阪W選挙の際、橋下氏が代表を務める大阪維新の会は、大阪都構想を大々的に謳いながら、次のような公約を掲げていたのである。以下は、公職選挙法に基づく政治活動ビラに堂々と明記されている事柄である。

・大阪市をバラバラにはしません。

・大阪市は潰しません。

・24区、24色の鮮やかな大阪市にかえます!


 当然のことながら、大阪の行政機構を東京と同様の都制型に変更するのであれば、大阪市は消滅する。東京府が東京都に改組された際、東京市が潰されたのと同様である。敢えて説明するまでもなく、大阪都構想と大阪市の解体分割は表裏一体なのだ。それでも、橋下氏は噓をついた。目先の選挙に勝つために、平気で噓をついたのだ。いや、まんざら噓ではないのかもしれない。5月の住民投票で反対多数になれば、大阪市が潰されることもなければ、大阪市がバラバラにされることもないからである。橋下氏は、分かっているだろう。もし住民投票で大阪市が自殺しなければ、全てが反転してしまうことを。

【注】(1)MSN産経ニュース、2011年7月15日22時18分。 (2)『毎日新聞』2008年1月28日(朝刊)。 (3)『朝日新聞』2008年1月28日(朝刊)。 (4)『毎日新聞』2008年1月28日(朝刊)。 (5)『読売新聞』2008年1月28日(朝刊)。 (6)『毎日新聞』2008年1月28日(夕刊)。 (7)『読売新聞』2008年1月28日(朝刊)。 (8)『毎日新聞』2009年9月6日(朝刊)。 (9)『読売新聞』2012年4月14日(朝刊)。 (10)『朝日新聞デジタル』2013年5月7日13時1分。 (11)『読売新聞』2011年4月11日(夕刊)。 (12)橋下徹・堺屋太一『体制維新―大阪都』文春新書、2011年、165頁。 (13)『NHKNEWSweb』2013年11月14日18時41分。 (14)『朝日新聞デジタル』2013年11月28日18時08分。 (15)大阪維新の会公式サイト(動画配信より)。 (16)『体制維新―大阪都』前掲書、50頁。

薬師院仁志(やくしいん・ひとし)
1961年大阪市生まれ。京都大学大学院教育学研究科博士後期課程(教育社会学)中退。京都大学助手、帝塚山学院大学専任講師、同助教授を経て、2007年より同大学教授。主な専攻分野は社会学理論、現代社会論、教育社会学。