古川雅子(ジャーナリスト)

 今年2月中旬に、競泳の池江璃花子選手が白血病と診断されたことをツイッターで公表。そのわずか1週間後には、タレントの堀ちえみさんが「左舌扁平(へんぺい)上皮がん」、いわゆる舌がんと診断されたと自身の公式ブログで明かした。堀さんは、4月15日にステージ1の食道がんであることも公表した。

 最近は芸能人や著名人が病名を公表することも増え、会員制交流サイト(SNS)には「勇気づけられた」「応援したい」といったコメントが一斉に書き込まれる。一方、ワイドショーでは周囲の人が哀れむ声が繰り返し放送され、臆測による病状の詮索(せんさく)などがメディアに溢れる様を見ていると、「いたたまれなくなる」というがん当事者の声も聞く。

 私は15年前から「がんと暮らし」をテーマに取材を重ねてきたが、がん経験者の多くが口にするのは、「かわいそうだと思われたくない」「がん患者扱いしてほしくない」という思いだ。だからこそ、「周りの人にがんをどう伝えたらいいのか…」と悩むのだという。

 ここ10年、20年でがん治療は進歩し、より多くのがん患者に治癒が期待できるようになってきた。しかし、社会の側は相変わらず、がんになった人に「もう治らない」「がん=死」というレッテルを貼る。

 とすると、がんを公表しない方が、気を遣われずに済むし普通に接してもらえていい、という考え方もある。逆に、公表した方が、社会の意識を変えることにつながり、がんを隠してビクビクしながら暮らさずに済むようになるかもしれない、という考え方もある。

 がんを公表することは、正解でも不正解でもない。公表する、しない、どちらの考えも尊重されるべきだと考える。どちらの考え方も阻害されてはいけない、とさえ思う。

 公表はあくまでも個人個人の選択であり、生き方。社会の側にがんの理解が進まず、厳然とした「意識ギャップ」があるからこそ、葛藤の末に選び取る選択だからだ。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
 公表が同調圧力のように強要される社会もまた、息苦しい。公表と黙秘の中間地点である、グレーの選択があってもよいと思う。

 私の身近に乳がんを発症し、会社勤めと子育てをしながら治療も続けている女性がいる。彼女は、直属の上司と同じ部署の同僚には仕事を円滑に進めるために、がんの種類や進行度、治療法まで情報をオープンに開示しており、それ以外の社員にはあえて病気のことは伝えていないという。その線引きもまた、それぞれの考え方次第だ。