改めて、今回のテーマについて考察するとき、常に意識しておくべきことがあります。それは、有名人のようにスポットライトを浴びることもなく、厳粛なリアルを受け入れながら、同じがんと明るく向き合っている患者さんが、社会には数え切れないほど多くいることです。

 歌舞伎役者、市川海老蔵さんの妻の小林麻央さんが、自身が乳がんであることを公表されたときのエピソードは記憶に新しいことでしょう。治癒の難しいがんを背負いながらも、愛する夫、子供、家族のために、1日でも長く、自分らしく生きたいと希求する表現の数々がブログに綴られました。それらは、同じ病気と日々向き合っている、多くの患者さんたちにとっても、大きな勇気や希望となっていたのは間違いありません。

 しかし、残念な問題も生じました。有名人が病気になると、世間には、より詳細なプライバシーを知りたい欲求にかられる性(さが)があります。それががんであれば、なおさらの話です。メディアの方も、世間の欲求に応えようと、必死で情報を先取りすべく行動します。

 麻央さんの場合でも、ブログでのがん公表以来、どこの病院でどのような治療を受けているか報じようと、メディアが躍起になって麻央さんや家族を追いかけ回しました。揚げ句には、生命予後を勘ぐるような記事までも出てくる始末です。

 結局のところ、有名人のがんを報道するメディア側の深層に、がんへの偏見や先入観があるようにみえます。こうして、がんは「死をイメージさせる暗くて怖い特別な病気」のように映るわけです。

 一方で、お茶の間の視聴者も、ワイドショーで報じられる有名人のセンセーショナルながん公表に、感情だけを面白おかしくかき立てられ、思考が停滞しているのではないでしょうか。そうなれば、がんに関する考えも論理的ではなく、半ば直感的にしか及ばないことも少なくありません。そのような「ヒューリスティック」と呼ばれる心理バイアスに巧みにつけ込むことで、有名人ががんで死去した途端、さまざまなエピソードを上手に利用して「がんは放置するに限る」というエセ思想の流布に成功した人物さえいました。

妻の小林麻央さんが乳がんで1年8カ月間闘病していることを公表した歌舞伎俳優の市川海老蔵=2016年6月(蔵賢斗撮影)
妻の小林麻央さんが乳がんで
1年8カ月間闘病していることを
公表した歌舞伎俳優の市川海老蔵=2016年6月(蔵賢斗撮影)
 がんは、生涯において2人に1人が罹患するリスクを抱えている「国民病」の様相を呈しています。裏を返せば、がんがそれだけ身近な出来事であることを意味します。何も、昨今増えている有名人のがん公表を特別扱いするような話ではないのです。

 ワイドショーから流れてくる有名人の「物語」に、一時的に感情的になるのはもちろん自由です。でも、自身や家族にがんというリアルが訪れた際、どのようなリテラシーを育み、どのように振る舞えるか、そちらの方が重要ではないでしょうか。皆さんには、一人一人ががんのことを真摯(しんし)に考える契機となれば幸いです。