逆境に強いんだよ


 「おれは逆境に強いんだよ」。橋下徹の少年期をよく知る人たちは、その言葉を何度も耳にしている。

 転校を繰り返しながらもリーダー的存在になっていく小学生時代、偏差値ではとても無理だと言われた府立北野高校に合格した中学生時代、そして、その北野では、厳しい練習に耐えてレギュラーを勝ち取り、46年ぶりの「花園出場」を成し遂げる。確かに強い精神力がなければ難しいエピソードばかりだが、北野高時代のラグビー部顧問、田中伸明(51)は意外な証言をする。

 「俊足で能力の高さは際立っていたが、まじめに練習する姿勢は感じられず、遅刻も多かった。小さいころからコツコツ努力するのが嫌いだったんでしょう」

 3年生でレギュラーをつかんだときも、田中は別の選手に代えようとした。練習態度が相変わらず怠惰だったからだ。「もう一度チャンスがほしい」。追い込まれた橋下は、そう言って田中に懇願し、別人のように猛練習を開始したという。

 「彼は逆境に強いというよりも、追い込まれなければやらないタイプではないか。逆に言えば本番で予想外の力を出せる人間でもあった」。その言葉通り、橋下は花園での大一番の試合で3トライの大活躍を見せる。

体育会的な「上下関係」


 橋下がラグビーで学んだことに、体育会的な「上下関係」もある。「子供なんて殴って教えたらいい」「府職員も自衛隊に体験入隊したらどうか」。そうした発言が自身の経験に基づいていることは非常にわかりやすい。

 一方で、体育会的なものには、常に「理不尽さ」がつきまとう。中学時代のラグビー部では、タックルなどで転んでできたかさぶたは「ハンバーグ」と呼ばれ、先輩たちは、橋下ら後輩の腕や足にいかに大きな「ハンバーグ」を作るかを競い合ったという。
大阪市議会本会議で都構想の協定書が可決され議場を出る橋下徹市長
=2015年3月13日午後、大阪市北区
 高校時代も、1年生の夏合宿は特に厳しく、炎天下のグラウンドを数時間走り続けるのは当たり前。体のできあがったOBや上級生とのタックル練習では地面に何度もたたきつけられ、最後には起きあがれなくなる生徒もいたという。

 「さぼり癖」を指摘されてはいたものの、6年間の体育会生活に耐えたことは、橋下の大きな自信につながったに違いない。ただ、そうした根性主義的な要素に加え、何事も本番に強いというたぐいまれな性格から見れば、「できない人間」の存在がもどかしく感じられることもあるのではないか。「自分には簡単にできることが、他人にはなぜできないのか」という苛立(いらだ)ちである。

「今の自分なら何でも乗り切れる」


 「見透かされていたようですね。僕の内面がよく表れてます」。今月29日にインタビューに応じた橋下は今回の連載の感想について苦笑しながら、そう話した。ただ、自身の性格を改めて問うと、「僕はみなさんが思っているようなパーフェクト人間じゃない」と答えながらも、次のように述べた。

 「昨日もね、イベントで僕がテレビに映るのに、職員が大阪府の宣伝用ののぼりを飾らなかった。たった30秒のスポットだったとしても広告費に換算すればいくらになるのか。そんな発想すらできないことが僕には不思議でならない。公務員は絶対に倒れない組織にもたれかかってるから、感覚が麻痺(まひ)してるんでしょうね」

 職員に対する橋下の見方は常に厳しい。むろん、待ったなしの財政改革を進めていくためには、彼らの意識改革が不可欠である。ただ、誰もが逆境に強いわけでも、厳しいタックルに耐えられたわけでも、短期間の勉強で有名高校に受かったわけではない。むしろ世の中の大多数が、自身とは違うタイプの人間であることに、彼はどこまで気づいているのだろうか。

 そんなところに、全国最年少知事の勢いと危うさのようなものを感じる。

 知事就任後の今年5月、大阪市内で開かれた北野高ラグビー部の同窓会で、橋下はラグビーボールの寄せ書きに、こう記していた。

 「夏合宿以上にしんどいことはない。今の自分なら何でも乗り切れる」(敬称略)
 (連載は、皆川豪志、守田順一、白岩賢太、吉田智香、板東和正が担当しました)