美根慶樹(元日朝国交正常化交渉日本政府代表)

 安倍晋三首相はさる5月6日、ドナルド・トランプ米大統領と約40分間電話で協議した後、記者団に対して、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と「私自身が条件を付けずに向き合わなければならない」と表明した。

 これまで安倍首相は、金委員長との首脳会談は北朝鮮による日本人拉致問題の進展が前提になるという姿勢であった。ゆえに、今回の「無条件に会談する」という発言は方針の転換ではないかと注目された。

 もともと、安倍首相は、世界の指導者の中で最も強く北朝鮮に圧力を加え続けるべきだと主張してきた。しかし、米朝首脳会談が実現するなど東アジアの情勢が大きく展開する中で、安倍首相は昨年9月、国連総会において「拉致問題を解決するため、私も北朝鮮との相互不信の殻を破り、新たなスタートを切って金委員長と直接向き合う用意があります」と、金委員長と直接会うことに前向きな姿勢を世界に表明した。

 また、北朝鮮における人権侵害問題について、日本政府はこれまで国連の人権理事会において、北朝鮮非難の決議案を欧州連合(EU)と共同で提出していたが、今年は、共同提案国にならなかった。

 それでも事態は動かなかった。そんな中で安倍首相が「無条件」発言を行ったのだが、北朝鮮は果たして積極的に反応するだろうか。

 結論から言えば、今のままでは日朝の首脳会談が実現するとは思えない。日本政府の姿勢にはあまりにもはっきりしないところがあるからだ。

 日本政府は北朝鮮に融和的な姿勢を見せる一方で、北朝鮮に対する厳しい姿勢を維持している。事実、北朝鮮に対する独自の経済制裁を4月9日に2年延長すると決定した。
2019年5月9日、北朝鮮から飛翔体発射の情報を受け記者団からの問いかけに答える安倍晋三首相(春名中撮影)
2019年5月9日、北朝鮮から飛翔体発射の情報を受け記者団からの問いかけに答える安倍晋三首相(春名中撮影)
 また、安倍首相は5月9日の参院内閣委員会で「無条件」発言とこれまでの北朝鮮に対する方針との整合性を問われ、拉致問題の解決より制裁緩和や国交正常化を先行させる方針ではないと答弁するなど方針の転換を否定した。

 さらに、韓国によって進められている北朝鮮への食糧支援についても、ホワイトハウスが「米国は妨げることはしない」と認める考えを示したにもかかわらず、河野太郎外相は同日の参院外交防衛委員会で、「国民の福利厚生に使われるべき資金が核・ミサイルなどの開発に使われかねない現状で、食糧支援は時期尚早だ」と非常に消極的な発言を行った。