礒﨑敦仁(慶應義塾大学准教授)

 安倍晋三首相は、5月1日の産経新聞との単独インタビューを通じて、さらに6日のトランプ大統領との電話会談後に、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長と「条件を付けずに」向き合うとの意思を示した。

 国連人権理事会への対北朝鮮非難決議案提出を見送るなど、いくつかの布石は打たれてきたが、大きな方針転換であることは間違いない。首相は「拉致問題の解決に資する会談としなければならない」と強く主張してきたからである。

 各国が北朝鮮との首脳会談を重ねた後に無条件対話へと転じたことになり、もっと早く転換すべきだったのではないかと言えばキリがない。問題を解決に向かわせるプロセスの一環であれば、支持されるべきものであろう。首脳に権限が集中している体制の相手である以上、首相だけがそれに向き合い、決断を下せる立場にあるからである。

 そもそも日本人拉致問題は、各国に協力を求めるだけでは前進困難である。日本人が拉致され、日本の上空をミサイルが飛来するとなれば、社会全体として北朝鮮に強い憤りを感じるのは当然であるが、その懸念を他国と共有することが難しいのである。

 北朝鮮の拉致・核・ミサイル問題をどの程度深刻に捉えているかは各国で相当な温度差があり、日本ほど社会全体として危惧を抱いている国は無いと考えたほうが良い。
産経新聞のインタビューに答える安倍晋三首相=2019年5月1日、首相公邸(春名中撮影)
産経新聞のインタビューに答える安倍晋三首相=2019年5月1日、首相公邸(春名中撮影)
 193の国連加盟国のうち8割以上が北朝鮮と国交を有しており、英国のほか、ドイツやスウェーデンなどは平壌に大使館を設置している。欧州ではイスラム過激派組織のISIS、中東問題のほうに関心があるだろうし、東南アジアでは中国に対する懸念のほうが強い。インドの周辺国は、インドのミサイル開発を警戒するが、友好関係にある日本では、インドが核ミサイル攻撃を仕掛けてくるとは夢にも思わないため、その問題に対する関心が薄い、といった例を挙げると分かりやすいだろうか。

 北朝鮮は、安倍首相の発言に対して公式の反応を示しておらず、その真意が懸案の解決を含む関係改善にあるのか、参院選を前にした国内向けのアピールなのか、見極めている最中であろう。

 彼らの安倍首相に対する不信感は、わが国の北朝鮮に対する不信感と同様に根深いものがある。2002年9月、小泉純一郎首相が日朝首脳会談を実現させた際に内閣官房副長官として同席していた安倍氏は、北朝鮮に対して強硬な姿勢を見せることで国民の支持を得て、2006年9月には戦後最年少の首相に就任した。