今はネットとリアルの関係、相対的な比重が見えにくくなってきているのかもしれない。実像とは離れたネット上の虚像を人々が勝手に作り、炎上させて叩く。攻撃の対象は次から次へと変わり、テレビのワイドショーが後追いする。

 しかし、冷静になって考えてみれば、ネット上のそのような虚像とは関係なく、現実の生活があり生身の人間がいる。それを忘れてしまったら何かが間違っている。

 もちろん、ネット上の虚像を必要以上にふくらませて何かをしようとする方々もいるかもしれないが、少なくとも私が見たゆたぼんやお父さんは、そのような方々ではなかった。

 ゆたぼん騒動は、ネットの虚像が生み出した炎上が自分自身の燃料になって再び炎上するという、自己完結的な回路だったという印象が強い。熱くなっている方々は、一度冷静になって、全体を眺めてみればよいのではないか。

 学びのあり方は多様化しており、アメリカでは100万人単位でホームスクーリングをしてる子供たちがいる。学校に行かないで自分で勉強しているのである。そのような子供たちの学力は比較的高く、有名大学に進学するケースも多い。

 ゆたぼん騒動から私が感じたのは、日本の相変わらずの学校信仰のようなものである。学校にまかせておけば大丈夫という考えでは、かえって、現代の学びの進化の行方、広がっている機会を見落としてしまうのではないかと思う。

 ゆたぼんは、不登校の子供たちを応援したいという気持ちも強いようだ。ゆたぼんが元気で学び、発信している姿を見て勇気づけられている子供も多いだろう。

 学校に行かないという選択をしているゆたぼん。家での時間を、自分が興味を持っていることを学ぶことに大いに使ってほしいし、学校で使っている教科書も、参考にして勉強してほしい。また、学校に行きたくなったら、行けばよい。
※画像は本文と関係ありません(GettyImages)
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 学校を絶対視することも、全否定することもおかしい。学びのあり方は一人ひとりの子供の個性によっていろいろあるわけで、ゆたぼんは、その元気で利発な姿を通して、学びの自由な楽しさを十分に伝えていると思う。

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