今回の川崎殺傷事件は、容疑者の自宅を中心として周辺地域の中で発生した、極めて狭い生活空間の中で実行される「コミュニティー密着型」の自暴自棄犯罪であった。容疑者は長い間ひきこもりの状態にあり、世話をしていた伯父夫婦は地域の介護サービスセンターに家庭の状況を相談していた。

 こうした問題を抱える家族や個人の状況を、地域社会などのコミュニティーで共有し、地域全体で孤立する個人を救う社会福祉的アプローチによって、個人の自暴自棄化や過激化を防ぐセーフティーネットを構築することが重要である。自暴自棄犯の多くは、地域や社会において取り残される弱者であることが多い。

 今回の事件後に、ネットやSNS上で「一人で死ねば」という言説が数多く発生した。そういう意味では、人質テロ事件における自己責任論に近いものであり、こうした自暴自棄犯を発生させる状況や背景の問題の根本的解決を遠ざけるものと言わざるを得ない。

 もう一つの監視的アプローチは、既に警察や公安当局などによって推進されている。先述した秋葉原無差別殺傷事件や宇都宮連続爆発事件の容疑者は、犯行前に自分の恨みや怒りをネット上に書き込んでいた。

 ネットやSNSの普及により、こうした事件を起こす犯罪者予備軍をネット上で監視する活動が、公安当局でも一般的となった。2018年のハロウィーン直前の東京・渋谷で軽トラックが横転させられた事件で、十数人の若者を摘発したのが、その代表例だろう。

 この事件の捜査では、警視庁捜査支援分析センター(SSBC)による渋谷の監視カメラの「リレー方式」画像分析に加え、それと連動して行われたツイッターやインスタグラムなどSNSの投稿を分析するビッグデータ解析が行われた。今後も、犯行の防止・予防や、事後の犯罪捜査において、こうしたネットやSNSの監視活動、監視カメラの分析はより技術的に高度化しながら、社会の監視レベルを上げていくことになるだろう。

 こうした地域社会における社会福祉的アプローチや、ネットやカメラによる監視的アプローチは、犯罪やテロに対する「安全」や「安心」を高めるために求められる方向性である。反対に、こうしたアプローチは社会における人間の「自由」や「人権」を損なう恐れのある活動である。
ハロウィーンの騒ぎの中で車の上に乗る男性=2018年10月29日未明、渋谷センター街
ハロウィーンの騒ぎの中で車の上に乗る男性=2018年10月29日未明、渋谷センター街
 テロ対策の文脈ではこれまで、「安全」や「安心」のためのテロ対策を高めるほど、「自由」や「人権」は損なわれるという、トレードオフ(相殺関係)が指摘されてきた。それは犯罪対策においても同じである。

 自暴自棄犯による大量殺傷の予防や防止のために、社会政策としてどこまですべきか、またどこまで行ってよいのか。今回の川崎殺傷事件のような犯行を起こさせないためには、「安全」「安心」と「自由」「人権」の価値のバランスをとりながら議論し、社会の中で合意形成されることが不可欠なのである。