2019年06月15日 11:50 公開

クリスティン・ロー

漫画好きがよく言うように、世の中にはありとあらゆる漫画が存在する。10代のスポーツ選手も、連続殺人犯も、擬人化された猫も、原発の除染作業員も、強い図書館司書も、ホームレスの女神も、あなたが読みたいものはすでに漫画になっているだろう。

ロンドンの大英博物館では現在、日本国外では最大の漫画展が開催されている。物語を絵で見せるこのアート様式がなぜ世界中で人気を集めているのか、なぜ文化のクロスオーバーを起こしているのか、そして世界中でどのような影響を与えているのかを見ることができる。

多くの場合、世界の人が初めて触れる日本文化は漫画やアニメだ。

韓国の漫画家ホン・ヨンシク氏もその一人。ホン氏は、自分の家族がワーク・ライフ・バランスを取り戻そうとする様子を漫画にし、「Uncomfortably Happily(居心地悪いけど幸せな)」として出版した。

「日本文化のことを考えるとき、はじめに思い浮かぶのは漫画とアニメだ。韓国では漫画やアニメの知識がなくても、そう思っている人は多い。この2つが日本文化を代表していると思う」


日本と韓国の関係は複雑だが、漫画やアニメは前向きな関係をもたらしているとホン氏は言う。

「ほとんどの韓国人は日本による侵略と植民地支配をまだよく覚えている。私たちにとって、日本はとても近いが、とても遠い国だ」

ここで言う近さには地理的な距離のほかに、ポップカルチャーが育む相互理解も含まれる。

もちろん、抵抗感は両国双方にある。韓国の漫画が日本で出版される際には、韓国らしいデザインや言葉は差し替えられて、現地化(ローカライズ)されがちだ。日本の読者は日本で生まれたコンテンツに慣れているからだ。

悪名高い事例が、2005年の「マンガ 嫌韓流」だ。韓国の文化を下等と見なす少数派意見を作品化したもので、韓国ではこれを受け、日本文化を標的にした類似の本が出版された。

こうした緊張関係は、世界に輸出するポップカルチャーの分野で日韓がライバルになりつつあることにも関係している。日本の「マンガ」と韓国の「マンファ」の競合も、ライバル関係の一部だ。


植民地支配の歴史というキーワードは、アジアから遠く離れた場所でも漫画の受け取られ方に影響を与えている。米スワースモア・カレッジでフランス語圏を研究するアレクサンドラ・ギーダン=トゥレク准教授は、かつて植民地だった国が自分たちの文化アイデンティティーに正面から取り組む手段として、マンガが有用だと語る。

ギーダン=トゥレク氏は、北アフリカのアルジェリアで「DZマンガ」というジャンルが生まれた理由について、2つの傾向があると指摘する。

「西洋の絵画とも、伝統的なイスラム芸術とも違う異国化。それから若いアルジェリアの読者に訴求する現地化(ローカリゼーション)の要素だ」

つまり、伝統的にフランス文化が圧倒的な地位を占めるアルジェリアにおいて、日本は歴史的にも地理的にも、別の選択肢になり得るほど遠かったというわけだ(アルジェリアでは他のアラビア語圏と同様、「キャプテン翼」が大ヒットしている)。ギーダン=トゥレク准教授はこの現象を、文化の新たな可能性を開くものだと前向きに捉えているが、日本そのものは必ずしも関係していないと見る。

「DZマンガが人気なのは、読者が日本文化に惹かれているからというより、漫画が柔軟で世界的に人気の文化商品だからだ」

アルジェリアの漫画出版社Z-Linkのサリム・ブラヒミ社長も、アルジェリア人にとって「漫画は、アルジェリアから遠いところにある文化を見つける手段だ」と語る。

ビデオゲームや日本食といった日本文化もアルジェリアに入っているが、「アルジェリア人が日本の文化を発見し、それを体験する最大の手段は漫画だ」という。

Z-Linkはアラビア語とフランス語、ベルベル語でDZマンガを出版する。さらに、日本の漫画やアニメ、ゲームに特化した雑誌「Laabstore」も発行している。

漫画好きはフランス仕込み?

アルジェリアの人が漫画に興味を持った一端には、旧宗主国フランスの長きにわたる日本文化びいきが反映されている。17世紀末には、フランスのコレクターは「中国様式」と間違って呼ばれた漆塗りのたんすなどの日本製品を買い集めた。次に流行したのは浮世絵で、欧州にジャポニズム熱が広まるひとつのきっかけになった。

浮世絵は、現在の漫画の原型でもある。


現代のフランスでは、フランスやベルギーで長年育ってきた「バンド・デシネ」と呼ばれる独自の漫画文化に、長年の日本文化好きが混ざり合っている。

「今のフランスの漫画人気は、テレビ局が1970年代半ばから1980年代にかけてアニメの放送を増やしたのがきっかけだ」と、ギーダン=トゥレク氏は説明する。

しかし、これは非常に有名な漫画に限られ、日本文化への視点を「単純にし、歪めた」という。

その結果、「『はだしのゲン』に見られるような、芸術的・文学的なニュアンスを含んだ重層な絵画表現」よりも、「kawaii(可愛い)」要素、あるいはある種の暴力的な美意識表現などが、「日本らしい」「日本文化」だと広く認識されるようになった。たとえば、猫を題材にした「チーズスイートホーム」は、フランスでもっとも親しまれている漫画のひとつだ。

一方でギーダン=トゥレク氏は、フランスやベルギーのバンド・デシネのアーティストと日本の漫画家を結びつけるのが、「ヌーベルまんが(la nouvelle manga)」だと指摘する。複数の文化をハイブリッドに取り入れた、メインストリームから少し外れた代替の表現になっているという。


フランスでは今も昔も、漫画は外国につながる手段だったし、アルジェリアではフランス文化に代わるものとしての役割を果たしている。だとするなら、「美少女戦士セーラームーン」が大ヒットしたロシアでは、漫画はアメリカ的価値観への対抗手段になっているといえる。

ロシアでは旧ソ連に漫画が広まり、共産主義の抑圧からも過剰な資本主義からも逃げたいと思っていた若い知識人たちの心の拠り所になった。ロシアの若者にとって漫画は、「守られたニッチ市場」としてのオタク・サブカルチャーの重要な一部分となった。

もっと一般的な話をすると、多くの人は若くて多感な時期に漫画に初めて触れる。その分だけ、漫画が読者とその価値観に与える影響は大きくなる。

2006~2007年に欧州4カ国で行われた調査によると、回答者の15%が10歳未満で漫画を読み始めた。10~14歳が45%、高校生以上と答えたのは29%だった。他の国についての視点を形成するにせよ、若者に日本文化を知るきっかけを与えるにせよ、アイデンティティー形成に最も重要な時期だ。イギリスのティーンエイジャーにも同じことが言える。

アメリカのタフツ大学で日本研究を教えているスーザン・ネイピア氏は、漫画に対するこうした傾向を数十年にわたって追跡してきた。昨年にはアニメ監督の宮崎駿氏に関する本を出版している。

漫画とアニメで初めて日本文化に触れたアメリカの学生、その第1世代がまずイメージするのは侍と女子高生だ。ネイピア氏は特に、後者のイメージを問題視している。漫画に登場する多彩なキャラクターを代表しないまま、アジア女性は従順だという幼稚なステレオタイプを拡散するからだ。

ジェンダーの問題

私たちの人生と同様、性の問題は漫画でも複雑なものだ。

何人もの魅力的な女性が1人の男性を囲むハーレムジャンルは男性の願望の体現したもののようで、これがアジア女性とは簡単にセックスできるという間違った考えを世界に広めてしまっているかもしれない。触手ものと呼ばれるポルノ漫画など、一部の「変態漫画」のことは言うまでもない。ネイピア氏はこうした漫画を、性的に偏向した「権力妄想」の表現だと見ている。

しかし漫画はその発明以来、他のメディアと比べるとジェンダーやセクシャリティーについて遊ぶ余裕を持っていたといえる。手塚治虫氏は「メトロポリス」や「リボンの騎士」といった作品で流動的な性を持つキャラクターを生み出した(手塚氏は一方で、ディズニーやベティー・ブープといったアメリカ産キャラクターの影響を受けた、大きな瞳でかわいさが強調されたキャラクターも生み出している)。


また、男性同士の恋愛関係を描く「やおい」や「ボーイズラブ」と呼ばれるジャンルは、主に異性愛の女性たちに自らのセクシャリティーを模索する機会を与えた。

ネイピア氏は、同性愛に優しくない日本文化全般において、そして西洋人が日本人の性に対する態度を勝手に型にはめているにも関わらず、「漫画とアニメはある意味でとても前進的なモデルになっている」と説明する。ネイピア氏が取材したコスプレイヤーの中には、アメリカのポップカルチャーから自由になれる別の選択肢として、「やおい」漫画があるという人もいた。

「漫画とアニメの世界は日本的な世界であると同時に、ファンタジーの世界だ。かたや実在する文化の記録なので、読者は実際に日本に行くことができる。一方でゴッホのような人たちに典型的な、頭の中で展開する全く別の文化の記録でもある」

漫画がさまざまな形で国境を越えているのは、この文化的な柔軟性のためだろう。

英イースト・アングリア大学の日本美術文化教授で、大英博物館の学芸員として日本美術を担当するニコル・クーリッジ=ルマニエール氏は、「漫画はいまや国際的な言語になりつつある」と話した。

今回の漫画展の共同キュレーターでもあるクーリッジ=ルマニエール氏は、漫画の広がりを寿司に例えた。世界中で一気に人気となり、国際化した寿司だが、西側諸国の寿司チェーンに並ぶメニューは必ずしも日本の寿司と同じではない(ちなみにカリフォルニア・ロールは日本産でもアメリカ産でもなく、カナダが発祥だという)。

非常に日本的でありながら、究極的には世界中の文化に適応するアート様式として、漫画の国際化はこれから一層広がっていきそうだ。


(大英博物館の漫画展は、2019年8月26日まで開催)

(英語記事 Did Manga shape how the world sees Japan?