実際のところ、G20首脳会議を控えて、香港問題に焦点が当たりすぎることは、議長国を務める日本にとって難しい舵取りを強いられるうえ、国家主席として初めて来日する習近平・国家主席と安倍晋三首相の首脳会談にも影響しかねない。長年緊張関係にあった日中関係だが、この首脳会談で雪解けを演出することを日中両政府とも非常に重視しており、できれば友好的なムードのまま習近平・国家主席を迎えたいという点も本音であろう。

 香港政府も中国政府も今回のデモにおける「外国勢力」の関与に対しては警戒心を高めている。中国の外交部報道官耿爽はペロシ下院議長の発言に対して、「香港事務は中国の内政に属することでいかなる国家、組織、個人も関与をする権利がない。米国は客観的かつ公正に香港政府の修正を見守るべきだ」と語った。

 また、香港のウェブメディア「香港01」の報道によれば、今回の若者のデモは裏で「外国組織の策謀」が存在しているものだと判断し、催涙ガスやビーンバッグ弾による実力行使での鎮圧という手段を使ったと報じている。

 実は日本と香港の関係には深いものがあり、経済的な利害関係も大きい。統計によれば、2018年の香港進出日系企業数は1393社に達しており、中国を除けば、1351社の米国を抑えて国別で3年連続1位となっている。日本企業は香港返還の前から対中ビジネスでは香港経由の方法をとっており、その伝統は今も変わっていないだけでなく、進出企業はむしろ増えている傾向にある。

 日本の農産物の輸出先としても、香港は2018年までに14年間連続で1位を誇っている。2018年の香港から日本への旅行者数は、2年連続で220 万人(香港の人口は約740万人)を上回った。5人に1人は過去に10回以上も日本を訪れたことがあるという「日本好き」が際立っており、香港人は個人消費力も高いので、日本の観光業や飲食業への貢献は大きい。

 その割に、香港の重要性は日本人には過小評価されているところがあるのも事実だろう。周庭さんが12日に明治大学で行った講演は、同大学法学部の鈴木賢教授の授業の一貫であったが一般公開されたため、メディアに加えて、在日の香港人留学生らが数百人詰めかけ、異様な雰囲気になった。

 彼らの多くは香港の危機を訴えるポスターを手に持っており、大学内での政治活動にあたると大学側から制止される場面もあった。会場では、香港人の女子学生が立ち上がり、「私はいまマスクをかけています。それはいつビデオに撮られて起訴されるかわからないからです。自分を守るためにやっています。香港はこうした状況にあることを日本のみなさんもぜひ情報拡散してください」と呼びかけると、会場から大きな拍手が沸き起こった。

 ただ、日本人が香港に無関心かというと、必ずしもそうではないだろう。1970年代までは「新婚旅行はハワイか香港」が日本人の若いカップルの夢だった時代もあった。
2019年6月9日、香港の「逃亡犯条例」改正案に、東京都内で反対の声を上げる人たち
2019年6月9日、香港の「逃亡犯条例」改正案に、東京都内で反対の声を上げる人たち
 香港の人文・文化への研究水準は、香港人や中国人も及ばない高いレベルの領域もあり、日本の外国語大学では広東語専攻学部も存在している。確かに、香港返還の前後よりその独自性が薄れるとの見方も広がったが、2014年の雨傘運動以降、香港への関心は底を打って回復基調にあるように見える。

 今回の逃亡犯条例の改正に対する103万人という反対デモの巨大な規模と、その後の警察による流血を伴う激しい弾圧は、日本社会にも大きな衝撃を与えた。G20のなかで香港情勢を日本政府がどのように取り扱うか、世界が注目することになるだろう。

のじま・つよし ジャーナリスト。1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)など。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。