遊川和郎(亜細亜大学アジア研究所教授)

 香港の逃亡犯条例改正をめぐる混乱は、返還後最大規模のデモを引き起こし、林鄭月娥(りんてい・げつが)行政長官は6月15日、説明不足を認めて改正案審議の先送りを表明した。

 その後、連日の謝罪と釈明に追われているが、市民の怒りはなお収まらず、条例案の完全撤回と行政長官の辞任、「暴動」と断定した政府見解の撤回、警察の暴力によるデモ鎮圧に対する謝罪、逮捕者の釈放を求めてさらに勢いづいている。

 今回のデモが5年前の雨傘運動と異なり結果を出したのは、「真の普通選挙実現」というハードルの高い目標ではなく、「条例案の撤回」というシンプルなワンイシューに絞り、潜在的な市民の不安に訴えたことである。「普通選挙がなくとも香港は香港だが、中国へ連れて行かれるようになったらもう香港ではない」というのが香港人の本音なのである。

 一方の政府側は、親中派議員が多数を占める立法会(議会)の構成から、数で押し通すことも可能であり、躊躇(ちゅうちょ)なく強行突破の道を選んだが、これが裏目に出た。この結果をどう考えるべきだろうか。
 
 そもそも今回の逃亡犯条例改正(中立的には「修正」と表現すべき)には中国政府の強い意向がある。容疑者の引き渡しに関する現行の条例は返還前の1992年に制定されたもので、対象は英米など20カ国に限定されていた。これは当時の香港政庁(英国)が天安門事件後の中国の法治、人権状況などを考慮して意図的に中国本土を除外し、返還後の香港に遺(のこ)した一種の「安全装置」だった。

 香港政府は「現行条例の不備を補うための改正案」と説明しているが、これまでの経緯を考えれば苦しい主張である。中国政府からすれば、植民地政府が定めた「不平等条約」の改正なのである。
催涙弾の白煙が上がる中、立法会周辺の道路でデモ隊(奥)と対峙する警官隊=6月12日、香港(共同)
催涙弾の白煙が上がる中、立法会周辺の道路でデモ隊(奥)と対峙する警官隊=6月12日、香港(共同)
 こうした中、高級官僚出身の「能吏」である林鄭行政長官はこの厄介な課題にも懸命に応じようとする。中国への忠誠を誓って2017年7月に就任した林鄭行政長官は、事前の「中国の言いなり」「期待できない」という低評価に反して当初の評判はそれほど悪くなかった。

 それは中国政府が要求する国家安全条例(政権転覆等を取り締まる法律)の制定を急がず、雨傘運動で生じた社会の亀裂、分断の修復を優先し、まずは住宅問題など民生改善に注力しようとする姿勢を示したからである。
 
 しかし、就任後、雨傘運動に参加した活動家の処罰、本土派立法会議員の議員資格剝奪、周庭(しゅう・てい)氏など批判的勢力の補選立候補資格の無効措置、独立を主張する政治団体「香港民族党」の活動禁止、英紙編集者の査証(ビザ)更新拒否、中国職員による高速鉄道香港西九竜駅での出入境審査を認める「一地両検」実施、中国国歌法に呼応した法案制定に向けた審議など中国の求める要求に一つ一つ確実に応えていった。

 だが、優先して取り組もうとした民生問題に特効薬はなく、亀裂は残されたまま閉塞(へいそく)感だけが強まっていった。今回のデモは中国の言いなりになる香港政府への抗議であり、このような林鄭行政長官の退任要求に発展するのは自然なことである。