2018年10月の内閣改造・党役員人事で内閣府政務官を退任した山下氏は、地元で徹底した支持者回りを行ってきた。佐賀県では、自民党が進めてきた農協改革、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加に県農政協議会(農政連)が反発を強め、2015年以降の国政選挙で自民候補の推薦を見送ってきた。だが、今回は山下氏の粘り強い活動で、農政連が山下氏を推薦すると決定した。

 約5万票を持つと言われる農政連の推薦決定のインパクトは大きく、佐賀選挙区は最後の最後まで、野党統一候補が決まらなかった。野党からの出馬が有力視されていた多久市の横尾俊彦市長は、ある農協幹部から「出馬はやめた方がいい。政治生命が終わる」とクギをさされて出馬を断念したという。結局、野党は犬塚直史元参院議員の擁立を決めた。ただ、犬塚氏は元々長崎選挙区から当選していて、佐賀に地盤のない「落下傘候補」で、出遅れ感は否めない。

 自民党の参院選候補者には、山下氏のように役職を外れた人ばかりではなく、現職の政務官や副大臣も少なくない。役職についていた方が「箔(はく)が付く」という考えの候補者も多いからだ。

 だが、彼らからは、災害などの緊急事態に週末備える「在京当番」で地元に帰れないことに悲鳴が上がっていると聞く。ただ、その悲鳴も裏を返せば、それだけ自民候補が必死で各選挙区で活動してきたということを示している。

 一方、野党側はどうだろうか。東京の永田町に幹部が集まって、候補者が一本化できたら「これで勝てる」と満足しているようにみえる。

 野党は「消えた年金」問題で第1次安倍政権を退陣に追い込んだ2007年の参院選と似てきたとして、「今回も勝てる」と豪語しているようだ。だが、当時は野党の活動量が今回とは全く違っていたことを忘れている。

 12年前の野党第1党、民主党の代表は小沢一郎氏だった。小沢氏は参院選公認候補に対して、徹底した「ドブ板選挙」を命じた。

 そして、自ら全国の選挙区に足を運び、「自民党流の業界団体回り、支持者回り」を行った。その結果、小泉内閣時代から「都市型選挙」にシフトしていた自民党を粉砕したのである。
2007年7月、参院選最後の日曜日に、巣鴨で有権者と次々に握手をかわす民主党の小沢一郎代表(右、栗橋隆悦撮影)
2007年7月、参院選最後の日曜日に、巣鴨で有権者と次々に握手をかわす民主党の小沢一郎代表(右、栗橋隆悦撮影)
 その小沢氏は今、自民支持団体を切り崩すために動くでもなく、経験不足の野党候補者に「ドブ板選挙」を指南するわけでもないようだ。永田町に鎮座して「野党が一つになれば勝てる」と何度も繰り返しているだけだ。平成時代を通じて、政界を振り回し続けた小沢氏も、ついに衰えたといわざるを得ない。

 現在、野党は高齢無職世帯の平均的収支に毎月約5万円の赤字が出て、30年間で約2000万円が不足すると金融庁の金融審議会が試算し、麻生財務・金融相がその報告書の受け取りを拒否した問題に焦点を絞って、安倍政権に対する攻勢を強めている。だが、これは何度も野党が繰り返し、失敗してきた戦術だ。