我が国の対応


 積極的平和主義を唱える安倍政権であるが、9月中旬まで数人の専門家しか西アフリカに派遣していなかった。しかし各国の支援態勢が強化される状況に、その後最大23人の医療チームの派遣をWHOに申し出た。

エボラ出血熱水際阻止の取り組みとして関空で行われている、サーモグラフィーで体温の検知をする検疫検査場=2014年10月20日(甘利慈撮影)
 支援金としては9月下旬段階で、総額50億円(4500万ドル)となっている。因みに米国は数百億円、英国は160億円、中国が50億円、そしてビル&マリンダ・ゲイツ財団が50億円となっていた。

 日本の支援がなぜ貧弱なのかは、エボラが遠いアフリカの途上国の感染症としてしての認識しかされていなかったせいかも知れない。

 しかし地球上で、たとえ離れた地域であったとしても、多数の人々が感染症で命を失っている現実を直視し、そこに人道的支援を積極的に行うという政策を先進国の先頭に立って行う姿勢が無い限り、日本の積極的平和主義という言葉は単なる詭弁用語になってしまう。日本の国際貢献が、公衆衛生分野においても先進国をリードするように成熟することが望まれる。将来的に日本に利益がもたらされる領域でのみの国際貢献では、積極的平和主義の看板は外されることになる。

有名無実に終わったオバマ政権の支援


 10月に入って米国の兵士達によるエボラ治療施設がリベリア内で建設されだした。しかし皮肉なことにリベリアの感染者数はオバマ大統領が支援を決断した9月中旬の1週後にはピークを迎えていた。最初の米国によるエボラ治療施設が出来た11月には、感染者数は減少し4分の1前後となっており、3カ所目の施設が出来たときには10分の1まで減少していた。そして最終的に2015年2月に予定の11カ所全ての施設が建設されたが、その中で使用されたのは2カ所に過ぎず、治療された患者数は28人に過ぎなかった。

 オバマ大統領がリベリアへの介入を決断したとき、その介入判断の遅さ、そしてそれから半年前後の期間を要して治療施設を建設するという緩慢な内容に、米国内外から多くの批判が出ていた。

 結果的にリベリアや他2国の感染者はNPO組織の援助を受けながら、地元の保健医療担当者の機敏な対策で急速に減っていった。その過程で西アフリカ全体で500人の医療担当者が感染して命を失っていったことは、日本国内で意外に知れていない(WHO統計)。

撲滅間近となった西アフリカのエボラ


 2015年4月10日、WHO緊急委員会は声明で、西アフリカ一帯での予防と制御活動が効を奏して、本年1月以降エボラ感染者数減少と地理的発生地域の縮小が認められ、国際的拡大リスクは減少した、と述べた。これは事実上エボラ撲滅宣言に近い内容であった。

 ここまでくるのにエボラ流行後1年近い期間を要したが、当初米CDCを始め多くの専門家の間では、流行終息は今年度末、中には数年間要するとの見方があった。

 予想外に終息が早くに到来することになったのは、現地の保健医療スタッフと、国際的人道支援組織、キューバや中国、欧州各国政府から派遣された専門家チームなどの懸命の努力の賜といえる。

 回復患者からの血漿または抗体、実験的治療薬が急速に開発されたが、それらが果たした役割は現時点までは小さく、むしろ感染を防ぐための手洗いの徹底、遺体処理方法、患者との接触の危険性など、公衆衛生学的知識の普及のために、各村落の住民に啓発して歩いた保健医療担当者の役割が大きかった。

 しかし2万5千人以上の感染者、1万人以上の死者(2015年4月上旬WHO統計)が、この約1年間の流行期間中に西アフリカで発生したのである。人口の0.048%が死亡した。日本に当てはめると、感染者数15万人以上、死者数62000人以上となる。この数は日本でもパニック発生となるが、医療過疎な途上国の西アフリカでは想像を絶する惨状が繰り広げられたことは容易に想像出来る。

 因みに人口1000人あたりの医師数は、リベリアで0.014人、シエラレオネで0.022人、そしてギニアでは0.1人に過ぎない。日本は2人、米国では2.5人となっている。
       

流行に間に合わなかった抗エボラ薬とワクチン


 2014年春に本格的流行が始まってから、何種類かの抗エボラ薬が急遽各国で作製され、同年末から臨床試験が始まっている。またワクチンも同じように現在臨床試験が行われている。一部は昨年末に西アフリカで臨床試験と担当者に対する予防効果を兼ねて投与実験も行われている。

 驚くべきは、今回のエボラ流行が騒がれ出してから短期間でこうした薬剤とワクチンが開発されたことである。危険なエボラ出血熱のウイルスが見つかってから40年経過している。しかしこれまでどこの製薬企業も真面目に取り組んでこなかった。エボラがアフリカの一部の風土病的存在である限り、それは利潤につながらない。今回の流行でエボラが世界に広がる可能性がでてきたことと、アフリカで多くの感染者が出て、そこに従事する医療担当者も感染して死亡するという事態を眼のあたりにしてから製薬企業は動いた。

 2014年11月4日、WHOのチャン事務局長は、「利益優先型の製薬企業がアフリカのエボラに関心を抱かなかったことが、未だ治療薬もワクチンもない理由である」と製薬企業の姿勢を糾弾する発言をしている。英国のインデペンデントと米国のニューヨーク・タイムズが報じている。
 

終わりに


 エボラが流行したリベリア、シエラレオネ、リビアの3カ国の社会システムの崩壊は酷く、それは経済的損失と相まって、今後の国の立て直しには国連をはじめとして多くの先進国の支援が必要となっている。

 我が国がどこまでそうした途上国の人々に対する人道的支援に関心を抱くかは、日本の先進国としての資質が試される機会となっている。それは単に政府だけではなく、マスメディアも含めた社会全体の資質としてである。外交全体におけるような単に米国に追従する非主体的姿勢だけでは、熟成された先進国として世界のリーダーにはなれない。

とのおか・たつひと 医学博士。1969年、北海道大学医学部卒。血液学、免疫学、感染症学を研究。79年から81年にかけてドイツのマックス・プランク免疫生物学研究所で基礎免疫学研究。2001年、小樽市保健所長。2005年、ホームページ「鳥及び新型インフルエンザ海外直近情報集」主宰。2008年、小樽市保健所長退職後、Webサイトを中心とした医学ジャーナリストとして新型インフルエンザ等をテーマに情報発信、多数の講演、執筆活動を行う。2010年、日本科学技術ジャーナリスト会議より科学ジャーナリスト賞受賞。鳥インフルエンザ、新型インフルエンザ、パンデミック等に関する著作、論文多数。