2019年07月02日 9:07 公開

犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを認める「逃亡犯条例」の改正案をめぐり、大規模なデモが続く香港で1日夜、デモ隊が立法会(議会)の庁舎内に突入し、占拠した。警察は催涙弾を使い、デモ隊を強制排除した。

香港の中国返還22周年を迎えた1日、「逃亡犯条例」の改正案廃案を求める抗議行動は激しさを増し、デモ隊はたびたび立法会突入を試みた。庁舎の壁面に台車をぶつけるなどしてガラスを割り、同日夜には数百人が庁舎内になだれ込んだ。

抗議者たちは議場内に英国植民地時代の香港の旗を掲げ、壁にスプレー缶でスローガンを書き、備品を壊すなど、香港政府や中国政府への対抗姿勢を強めた。これに対して機動隊は2日未明、警棒を手にデモ隊の強制排除に乗り出した。

ヘルメットをかぶり雨傘を手にした抗議者たちは、これを受けて庁舎を出た。立てこもろうとする一部の強硬派を、他の抗議者が強制的に出させたという。

若者たちは当初、一晩中立てこもるつもりだと話していたため、最悪の事態も懸念されていた。

今のところ逮捕者が出たという情報はない。

なぜデモ隊は居座らなかったのか

民主派の毛孟靜(クラウディア・モウ)議員はBBCの取材に対し、若い抗議者は当初、一晩中立てこもるつもりだと話していたと述べた。

「大人数で警察を打ち負かすと言っていた。それを聞いて、非常に恐ろしかった。私は、ジャーナリストだった30年前に、天安門事件での大量殺戮を取材した。中国の首都・北京で学生が、当時まったく同じことを言っていた」

抗議者が突入した際に庁舎内にいたという、毛氏の同僚である張超雄(フェルナンド・チャン)議員は、警察と出くわすことなく、全員が無事に退去できてよかったと述べた。

「もし抵抗していたら(中略)流血沙汰になっていたかもしれない。あるいは、警察が躊躇せず力づくで追い払っていたかもしれない」

張氏は、立てこもろうとした一部の強硬派を強制的に退去させるため、庁舎内に戻ってきた抗議者を称賛した。

「抗議者が戻ってきて、強硬派を引きずり出した。そうしてくれて、本当に嬉しい」

議会突入前に現場で「G」と名乗りBBCの取材に応じた男性は、抗議行動に参加する自分たちは、暴力を覚悟していると話した。

「この運動はもはや条例改正案を超えて、今や香港の自治のための抗議となった」と男性は述べた。「世論が反発する可能性は確かに心配だ。自分たちのあらゆる行動にはリスクがつきものだが、この場にいるみんなはそのリスクを受け入れる覚悟だ」

香港では過去数週間、「逃亡犯条例」の改正案に反対する大規模なデモが続いている。香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は先月15日、立法会での改正案の審議中断を発表したが、林鄭氏に退陣を求める声が上がるなど、抗議活動は収まっていない。

香港政府の主張

林鄭行政長官は2日午前4時ごろ、警察本部前で、李家超(ジョン・リー・カチュウ)保安相など複数高官と共に記者会見を開き、立法会庁舎内に突入した抗議者による「過激な暴力の行使と破壊行為」を非難した。

林鄭氏は、立法会への突入は「多くの人を非常に悲しませ、多くの人に衝撃を与えた」と述べた。

会見では、報道陣からの質問が相次いだが、林鄭氏は落ち着いて対応。香港における法の支配を維持することの重要性を強調した。

「我々がこのような暴力行為を非難することは正当だと、社会全体が同意することを願うし、早急に日常が取り戻せることを願っている」

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平和的デモが過激に

香港の民主化を求める運動は毎年、イギリスから中国に返還された7月1日に行なわれている。

「逃亡犯条例」改正案の完全な撤回を求めるデモ隊はこの日、大規模な行進と集会を行なった。

デモ隊は香港政府に対し、6月12日に立法会周辺で繰り広げた抗議行動に対する「暴動」という言葉の使用取消や、拘束中の活動家全員の釈放、および警察による暴力に関する調査を要求している。

1日の数十万人規模の抗議デモは当初、平和的に行なわれていた。その頃、返還22周年を祝う式典が香港コンベンション・アンド・エキシビション・センター(HKCEC)内で行なわれ、香港政府関係者がシャンパンで祝杯をあげた。

ところが、正午ごろになると、デモ隊の一部が立法会前へと移動。数百人が遠くから見守る中、庁舎を包囲した。建物内で待機する機動隊との長時間にわたるにらみ合いの末、同日夜、数百人が庁舎内に突入した。

民主化を求める議員は、抗議者に対し、重罪で起訴される可能性があると警告し、突入をやめるよう説得を試みた。

議員の1人、梁耀忠(リョン・イウチャン)氏(66)は、自分たちの訴えは無視されたと述べた。抗議者からは、報いを受ける用意はあると言われたという。

警察は、逮捕する可能性があると警告したものの、入り口まで追いやられ、庁舎から撤した。警察がいなくなると、さらに数百人が庁舎内になだれ込んだ。

議場内では、香港特別行政区の区章に落書き、英国植民地時代の香港の旗を掲げ、壁にスプレー缶でスローガンを書き、備品を壊すなどして抗議を続けた。

2日未明になると、機動隊がヘルメットをかぶり雨傘を手にした抗議者たちの強制排除に乗り出した。一部の強硬派は立てこもろうとしたが、他の抗議者が強制的に退去させた。

香港の英字新聞サウスチャイナ・モーニング・ポストによると、民主派議員の許智峯(テッド・ホイ)氏と鄺俊宇(ロイ・クォン)氏は、警察の前に立ちはだかり、抗議者に庁舎から退去するための時間を与えるよう求めたという。

サウスチャイナ・モーニング・ポストの記者はツイッターで、マイクを手にした鄺俊宇議員の動画を投稿。「鄺俊宇議員は警察に対し、抗議者が安全に帰宅できるよう求めた」としている。

https://twitter.com/phila_siu/status/1145733352974143488


それから1時間以内に、庁舎周辺からはメディアと警察を除くすべての人が撤退した。警察はその後、庁舎内に残っている人がいないか、部屋をひとつひとつ調べた。

返還記念式典では

返還22周年を祝う1日の式典は、香港コンベンション・アンド・エキシビション・センター(HKCEC)内で行なわれ、警察が厳重な警戒態勢を敷いた。

当局によると、デモ隊は1日午前4時ごろから、金属やプラスチックの柵を使って、式典会場近くの複数の道路の封鎖を始めた。

サウスチャイナ・モーニング・ポストによると、HKCECの外では、式典の約30分前に、盾や警棒を装備した警察官と数百人のデモ隊が衝突した。

報道によると、警察との衝突で複数のデモ参加者が負傷している。少なくとも女性1人が頭から血を流していたと、AFP通信は報じている。

警察は声明で、デモ隊による「違法行為」を非難した。その後、警察官13人がデモ隊から「何らかの液体」をかけられ、病院に搬送されたと発表。数人が呼吸困難に陥ったとした。

警察は、市民に対し、立法会周辺に近づかないよう呼びかけた。

林鄭氏は式典で、市民の意見を聞くために、さらに時間を費やす必要があると実感したと述べた。

「私は教訓を得て、今後の香港政府の仕事が、社会の願望や心情、意見に、さらに寄り添い、より対応したものになるようにしていく」

林鄭氏が公の場に姿を見せたのは、大規模な抗議デモの引き金となった「逃亡犯条例」をめぐり、社会不安を招いたことを謝罪する会見を開いた、先月18日以来。

抗議の理由

香港はかつて、150年以上にわたってイギリスの植民地だった。

イギリスと中国は1984年に、「一国二制度」の下に香港が1997年に中国に返還されることで合意した。香港は中国の一部になるものの、返還から50年は「外交と国防問題以外では高い自治性を維持する」ことになった。

「逃亡犯条例」の改正案が通った場合、中国政府による香港統治が迫り、その高度な自治性が維持されなくなるのではないかという懸念が高まっている。

過去数十年で最悪

先月12日、「逃亡犯条例」改正案をめぐり、反対派の市民ら数千人が立法会周辺で抗議デモを繰り広げた。警官隊はデモ参加者たちにゴム弾を発射し、催涙ガスを使用するなど、過去数十年で最悪の衝突となった。

その結果、政府は社会不安を招いたことを謝罪し、立法会での改正案の審議中断を発表した。

しかし多くの反対派は、改正案が完全に破棄されるまでは引き下がらないとしている。

また、多くの人が先月12日の警察の蛮行について憤っており、調査を求めている。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの中国支部代表、ソフィー・リチャードソン氏は声明で、「十分に裏付けされた、香港警察による平和的デモ参加者に対する過度な力の行使について、早急に独立した調査を求める」と述べた。

一方、親中派による小規模なデモも行なわれている。先月30日には、香港警察を支持する親中派数千人が集会を開いた。

親中派のデモ参加者はAFP通信に対し、警察はただ「秩序を保とうと」しているだけであり、「逃亡犯条例」改正案に反対するデモ参加者を「愚か」だと評した。

(英語記事 Clashes as Hong Kong marks handover anniversary