「歴史書」でなく「歴史物語」


 『三国遺事』にある記述が檀君に関する唯一の文献上の根拠だが、それには箕子が朝鮮の支配者に任じられると、檀君は山に隠れ「山神」になって歿したとある。『三国遺事』にある記述そのものが・あやふやなお噺・なのだが、申采浩は「檀君」の名前だけ利用して超ファンタジック古代史論を描いたのだ。

 『朝鮮上古史』は、仮定として述べていた内容が、明確な論証もないまま、次のステージでは絶対の史実になり、次の仮定を産み出し、また明確な論証もないまま……といったスタイルだ。その過程で、中国の正史類は都合の良い部分が引用され、超拡大解釈されていく。論証重視の歴史書に慣れた日本人には、とても「歴史書」とは思えない。

 「皇城中央に向かって唯一無二の大新聞を創刊して愛国せよ愛国せよと血を吐くほどに言葉を書きつらねても愛国者を生むことはできない。国を愛するためには歴史以外にない。それも、幼児から老人まで、男子も女子も、貴賤の別なく、全社会が歴史を読まなくてはならない」と申采浩は書いている(『朝鮮上古史』の「解題」より)。

 彼にとっての歴史書とは、訳者の矢部敦子も書いているように「そのスタートから学問のための学問ではなく、国権恢復の実践のための歴史学」だった。

 つまり、彼は史実を探求した結果を記したのではなく、初めから民を奮い立たせることを目的として、イデオロギー歴史物語を書いたのだ。

 韓国の不幸は、そうした目的を持って書かれたイデオロギー歴史物語の内容が「史実」として広く信じられていることだ。

 新聞に載る歴史エッセーや論文でも、「申采浩先生が論考したように……」と、彼が書いた記述を・もはや検証する必要のない絶対事実・と見做した上で立論していくものが多い。そうした著者たちは原典(この場合なら中国の正史類)に当たる努力を怠っているのだろう。

サッカー東アジア杯男子 韓国対日本で韓国側応援団が掲げた「歴史を忘れた民族に未来はない」と書かれた横断幕=2013年7月28日午後、韓国・ソウルの蚕室総合運動場(山田喜貴撮影)

「歴史を忘れた民族」


 余談になるが、「歴史を忘れた民族に未来はない」とは、二〇一四年の仁川アジア大会サッカー日韓戦で、韓国側応援席の大横断幕にあった言葉だ。

 申采浩の言葉とされている。しかし、いくら調べても彼がいつ、どこで、こう述べた(書いた)のか分からない。

 韓国のサッカーファンは、申采浩=反日だから、申采浩の言葉=反日の言葉だと思い込んで日本戦のスタンドに飾った。だが、・申采浩が活躍した時代に、日朝の大衆を巻き込んだような歴史論争はなかった、・彼は、朝鮮人民を奮い立たせようと「歴史物語」を提示した──ことからすれば、 

 「歴史を忘れた民族に未来はない」とは当時の朝鮮人民に向かって述べた言葉と解するほかない。

 アジア大会のサッカー日韓戦では、この横断幕とは別に、テロリスト・安重根を描いた垂れ幕もあった。

 対日非難の言葉と思い込んで横断幕を飾った韓国人ファンも、横断幕に抗議して安重根の垂れ幕については何も言わなかった日本サッカー協会も、お粗末の極みだ。

 もう一人、〈大韓ナチズム〉のための歴史書を書いた人物がいる。崔南善(一八九〇~一九三六年)だ。

 彼は三・一独立宣言の起草者だったが、いつしか転向し、朝鮮総督府の朝鮮史編集委員、総督府中枢院参議、満州・建国大学教授と、親日派の道を歩む。彼が終戦から四カ月後に上梓したのが『国民朝鮮歴史』(日本語訳の題名は『物語 朝鮮の歴史』山田昌治訳、三一書房、一九八八年)だ。

 その中にある倭国に関する部分を要約すると、・半島や大陸からの逃亡民が倭国をつくった、・倭奴は蒙昧で、半島から行った民があらゆる文化文明を教えてやった、・新羅は日本列島に多数の植民地を持っていた──という内容だ。

 申采浩の『朝鮮上古史』は中国の正史を引用しては勝手な解釈と飛躍的仮定を重ねていくが、逆に崔南善の『国民朝鮮歴史』は引用が全くない。せめて「新羅は半島に多数の植民地を持っていた」とする部分くらいには、何という史料に基づくのか示してもらいたいのだが、註もなければ参考文献の名も挙げられていない。「私は親日派ではありません」の証明のために書いたのかもしれない。

 二人の本は当時、どれほど読まれたのか。申采浩の場合は最初に『朝鮮日報』に連載されたが、『朝鮮日報』の読者数からして限られていただろう。崔南善の本は、戦後のドサクサの最中だ。

 どちらも、たいして読まれたとは思えない。しかし、最近の韓国の諸メディアに載る古代の日韓関係をテーマとする論文やエッセーを見ても、どの内容も「申采浩プラス崔南善」の大枠を超えていない。当時はたいして読まれなかったとしても、この二人が〈大韓ナチズム〉の古代史部門のイデオローグなのだ。

国民を騙している


 韓国では今や、特別な教育を受けた人を除いては漢字を読めない。それを前提にして、国民を騙すような歴史専門家の論文やエッセーもある。

 国家機関である国史編纂委員会の編史室長まで務めた朴ソンス名誉教授のエッセー「百済が日本に国を建てた」(民族派サイト「コリアン・スピリッツ」二〇一四年十月二十六日)には、本当に驚かされた。

「日本古代史は中国の史書『魏志』倭人伝に至って初めて出てくる」とエッセーは始まる(原文はハングル)のだが、ここからして「!?」だ。

『魏志』より遥かに古い『漢書』地理誌に「楽浪海中に倭人あり、分れて百余国と為し、歳時をもつて来たりて献見したと云う」の一文があることを、この名誉教授は本当に知らないのだろうか。
 名誉教授のエッセーは、こう続く。

 「それ(魏志倭人伝)を読めば……韓半島の南側に韓国があり、また海を渡った日本の土地には、もう一つの韓国である狗邪韓国があるということだ。

 すなわち、日本には倭人が暮らしているが、彼らを支配するのは狗邪韓国という国だというのだ。つまり、日本には百済の分国すなわち植民地があったことを証言している」

 崔南善は、倭には新羅の植民地があったとしているが、その根拠文献は何ら示していない。今度は、新羅ではなく「百済の植民地」だという。その根拠が『魏志』倭人伝だというのだ。『魏志』倭人伝をどう読むと、そんな解釈が出てくるのか。

 これは、もう「解釈の違い」といった問題ではない。韓国の国民一般が漢字を読めないことを前提に、国民を騙しているとしか思えない。
『魏志』倭人伝の一つ前は韓伝だ。韓伝には、百済は馬韓五十余カ国の中の一国として名前だけでてくる。新羅は辰韓・弁韓二十四カ国の中の一国として、やはり名前だけ出てくる。そんな存在だ。

 一方、倭は邪馬壹国が二十数カ国を束ねる連合王国として描かれている。

 半島と列島と、政治文化はどちらが進んでいたか、明らかではないか。馬韓五十四カ国の中の一国にすぎなかった百済が、倭に分国を置き、倭国を支配していた──妄想、ここに極まるだ。

 『魏志』韓伝は、半島南部を倭地としている。倭人伝に入ると、狗邪韓国を倭の北岸の地としている。全く矛盾がない。

 そして対馬も壱岐も、倭人伝の中で描かれている。

 それなのに韓国の民族派は、「対馬はわが領土だ」として「対馬奪還運動」を進めている。昌原市や、釜山市の一部の区では、首長が奪還運動の先頭に立っている。そんな市や区と、姉妹都市関係を結んでいる自治体が日本にあるのだから呆れる。

 対馬奪還運動は「昔から対馬は新羅に属していた」と主張している。彼らは『魏志』倭人伝には触れずに、『李王朝実録』を持ち出してくる。

 『李王朝実録』には、王が「古籍に対馬は慶尚道に属したとある」と述べたことが記載されている。しかし、その古籍の題名すら書いていない。

 李王朝は一四一九年に対馬を急襲するが、宗氏の将兵に撃退され逃げ帰る。その後、対馬から来た使節に「対馬は辺境といえども日本である。日本を相手に戦争する気か」と詰め寄られる。以後、『李王朝実録』では「日本国対馬島」の表記が常態となる。

 が、運動を進める民族派は、『李王朝実録』には「王が対馬は慶尚道に属したと言った」とあるだけでいいのだ。きっと、『魏志』倭人伝なんて、名前も知るまい。



朴槿惠のネオナチ発言


 朴槿惠大統領は述べている。

 「私は韓国経済が進む新しい発展パラダイムとして創造経済を提示している。……私たちは優れた・創造DNA・を持った民族だ。……私はその創意の力と情熱を生かして第2の漢江の奇跡を必ず実現する」(「発明の日」記念式典二〇一三年五月十六日)

 「韓国民のDNAの中には芸術的感性が豊富にあり、(われわれは)血液中に流れる・気・がある国民だ」(文化人との会話二〇一五年二月二十五日)

 DNAを「ある民族が持つ不変の遺伝子」といった意味で使っているようだ。朴槿惠大統領は西江大学理工学部を卒業したのに、理系出身者らしからぬ誤用だ。きっと、その背後には「韓国人は世界でも稀な単一民族」とする誤った内容の刷り込み教育も蓄積されているのだろう。

 そうした批判はさておき、上に紹介した発言そのものが問題だ。これぞナチスの「アーリア民族の優位性」主張と同質の優生学的選民思想そのものだ。

 捏造と歪曲を重ねた超ファンタジック史観をもって、自国民に優生学的選民思想を植え付けると同時に、「劣った隣国」への敵愾心を煽り立てることで、国内の深刻な問題(例えば青年層の高失業率)に国民の目が集中することを回避し、国政を強引に推進していく──まさに〈大韓ナチズム〉だ。

 その政権が海外で「日帝=ナチズム=安倍政権」とするキャンペーンを展開しているのは、基本的にジャパン・ディスカウント戦略による。「ネタは何でもいいから国際社会で日本を貶める」という運動だ。同時に、自らへの「ナチス批判」を回避するための・目晦まし工作・と言える。

 日本語でいう「修正」とは「正しく直すこと」だから、良いイメージがある。それで「歴史修正主義」という用語も、さして重く受け止められない。しかし、この用語は「ヒストリカル・リビジョニズム」の英訳であり、その英語は「ネオナチス」の言動を意味する。

 韓国政府当局者は、一年ほど前から頻繁に「歴史修正主義の安倍政権」といった表現を使うようになった。これは「ネオナチスの安倍政権」と同義だ。そうと知ってか知らずか、日本にも簡単に「歴史修正主義」と言うジャーナリストが出てきた。韓国の狡猾な情報工作に呑み込まれているのだ。

 〈大韓ナチズム〉の謀略に呑み込まれてはならない。そのためには、列島と半島の関係史を古代のページからしっかりと押さえておきたい。

室谷克実(むろたに・かつみ) 
一九四九年、東京都生まれ。慶應大学法学部卒業後、時事通信社に入社。政治部記者、ソウル特派員、宮崎・宇都宮支局長、「時事解説」「時事評論」編集長などを経て定年退社。著書に『悪韓論』『日韓がタブーにする半島の歴史』(新潮新書)、『呆韓論』(産経新聞出版)などがある。