田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 「あいちトリエンナーレ」は、2010年から3年ごとに開催され、今年で4回目を迎える国内最大規模の国際芸術祭である。芸術祭の実行委員会の会長を愛知県の大村秀章知事が務め、ジャーナリストの津田大介氏が芸術監督として企画全体をプロデュースしている。今回、津田氏が芸術祭のテーマにしたのが「情の時代」という視点である。

 テーマのコンセプトについて、彼の書いた文章がトリエンナーレの公式ページに掲載されている。「情の時代」とは、さまざまな現代の問題が、単なる「事実」の積み重ねでは「真実」に到達できなくなっていて、むしろ感情的な対立によってシロクロはっきりした二項対立に落とし込められている。その二項対立の状況が、いわば敵と味方という感情的な対立をさらに深めている。

 この状況の中で、この「情」の対立を打ち破る別の「情」の観点が必要だ。それを、津田氏は「情によって情を飼いならす(tameする)技(ars)を身につけなければならない。それこそが本来の『アート』ではなかったか」と問題提起する。彼の問題提起には、誠に賛同すべき視点が豊富にある。

 だが、津田氏の問題意識と実際に展示されている作品は大きく異なる。むしろ「アート」ではなく、政治的な「プロパガンダ」として理解され、それをめぐって厳しい対立が生じた。

 議論の中心は、「表現の不自由」をテーマにした企画展だ。この企画「表現の不自由展・その後」に展示された、いわゆる慰安婦問題を象徴する少女像や、昭和天皇の御真影を燃やし、その燃え尽きた灰を踏みにじる映像などが大きな批判を浴びた。

記者会見する「あいちトリエンナーレ2019」芸術監督の津田大介氏=2019年8月
記者会見する
「あいちトリエンナーレ2019」芸術監督の
津田大介氏=2019年8月
 少女像や昭和天皇の御真影映像にはそれぞれ由来がある。それでも、これらの展示物が極めて深刻な対立を招く「慰安婦問題」や「天皇制批判」に、直接関連していることは明白だ。

 しかも、どちらも伝統的な左派の問題意識を体現したものである。いわば、特定の政治イデオロギーを有する展示が強調されていた。反対の意見を抱く人たちの「情」は全く排除・無視されている。

 これでは、津田氏が提示した「情の時代」の意図を達成できず、むしろ政治的・感情的対立が鮮明になるのは不可避である。その意味で、トリエンナーレの趣旨とも大きく異なる。論より証拠に、開幕と同時に企画展への批判が続出した。