優れた批評家である小田切博氏が、以前この「メディア芸術」が日本独自の概念であり、簡単に言えば文化庁やそれに群がる既得権者たちが予算獲得のためにでっちあげた概念であると論破したことがあった(小田切博『キャラクターとは何か』ちくま新書)。

 この「メディア芸術」問題は、日本の文化政策のでたらめさの一角にすぎない。一部の利害関係者は、自らの作り出した「文化」やそれを基にした「権威」をかざすことに夢中である。それが実際に「甘い蜜」でもあるからだ。

 津田氏の次の言葉が、「甘い蜜」を体現してはいないだろうか。

こんな僕ですが一応文化庁主催のメディア芸術祭で新人賞なるものをいただいた経験もありまして、その審査した人たちや、芸術監督を選出したあいちトリエンナーレの有識者部会(アート業界の重鎮多し)をみんな敵に回す発言になりますけど、大丈夫ですかw


 オペラ歌手の畠山茂氏がツイッターで津田氏の芸術監督就任に疑問を呈したのに対し、津田氏はこのように反論していた。「メディア芸術」という官僚お手製の権威を振りかざすのは、これまた「情の時代」の趣旨からはあまりにも遠いと個人的には思う。まさか、官僚的な権威が「正義」だとでも言うのだろうか。

文化庁が入る中央合同庁舎第7号館の元文部省庁舎=2016年11月、東京・霞ヶ関
文化庁が入る中央合同庁舎第7号館の
元文部省庁舎=2016年11月、東京・霞ヶ関
 結局「表現の不自由展・その後」は、心ない脅迫者によって中止に追い込まれた。確かに、この企画自体には論争すべきものがある。だが、暴力や脅迫でそのイベント自体を中止に追い込むのは、言語道断である。

 卑劣な脅迫者を追及することが、何よりも優先されるべきだ。いま、インターネットを中心にして、陰謀論めいた流言がある。それでも、捜査当局はぜひこの脅迫者の正体を突き止めてほしい。

 また、議論があるところだろうが、事実上の「テロ」に屈してしまい、展覧会を中止してしまったことは極めて残念であった。このような対応が前例となって今後に悪影響を与えないか、それを防止することが最優先の社会的課題だろう。