山田肇(東洋大名誉教授)

 マスメディアを通じてしか意見が発信できなかった時代ではフィルタされた極論も、インターネットを通じて容易に拡散できるようになった。極論に共鳴する人はごく限られるが、1万人の「信者」から1万円の「寄進」を集めれば年商1億円になるというように、極論を主張し続けても生活ができる時代になった。

 政見動画をユーチューブにアップするなど、「NHKから国民を守る党」(N国)もネットを利用した。その結果、「NHKは安倍政権にべったり」と批判する左派、「NHKは韓国の主張を垂れ流している」という右派、「NHKは見ない」という人々など、およそ100万票の支持を集めて、N国の立花孝志党首が先の参院選で当選した。どんな意見でも拡散できるネット時代を象徴する出来事と言えよう。

 当選後も、N国は勢力拡大に努めている。野合としか評しようはないが、勢力拡大はマスメディアとネットを通じての情報拡散に結びつき、さらに支持者を集める可能性を生む。

 立花氏はネットの時代を見事に利用している。そんなN国だが、彼らの主張は評価に値するのだろうか。

 1923年に発生した関東大震災がきっかけとなり、情報をいち早く国民に伝達するため1925年にラジオ放送がスタートした。これがNHKの始まりである。

 放送の「放」の字は「放り出す」を意味し、放り出されるからこそ広く多数の国民が受け取れる。N国が主張する、契約者だけが見られるようにする「スクランブル化」は放送の根源的な意義を否定する。

 国会でもNHKのあり方に関する議論が始まるだろうが、スクランブル化の是非にとどめるのは適切ではない。将来を見通し、公共放送のあり方を考えるべきだ。
NHK放送センター=2019年4月、東京都渋谷区(古厩正樹撮影)
NHK放送センター=2019年4月、東京都渋谷区(古厩正樹撮影)
 そもそも、放送法は公共の福祉のために豊かで良い放送を行うことをNHKの目的としている。ならば公共放送として何を放送するべきか。